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私たちは神様の息子(マタイ4:1-11)
고요한 2026-01-19 추천 0 댓글 0 조회 54

20240114青年部礼拝

聖書:マタイ4:1-11
題目:私たちは神様の息子
讃美:『광야를 지나며(荒野を通りながら)』

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


はじめに(説教の主題)

洗礼を受けたイエスは、荒野に導かれ、アダムとイスラエルがつまずいた試練を受けました。しかしイエスは、そのすべてを見事に克服されました。それは、イエスが「神様の息子」という確かなアイデンティティを持っておられたからです。

私たちもまた、この世が植え付ける偽りのアイデンティティではなく、イエスと同じように「神様の子」としてのアイデンティティをもって生きるように招かれています。この世で経験する試練は、私たちが神の国の民として成長するための訓練なのです。


1.共感してくださるお方

①「誰かの靴を履いてみよ(Stand in someone’s shoes)」

これは「相手の立場に立って考えてみる」という意味です。

私たちはよく、Sympathy(同情)、つまり「自分の立場から相手を見る」ことはできます。しかし本当に必要なのは、Empathy(共感)、すなわち「相手の立場に立って相手を見る」ことです。

人は、自分と同じ立場や経験を通った人の言葉に耳を傾けます。

たとえば、「なぜ英語を勉強しなければならないのか」と聞かれたとき、

  • 「お小遣いを減らすよ?」

  • 「好きな歌の歌詞を覚えたら?」

  • 「ママを困らせないで?」

こうした言葉よりも、実際に勉強し、その経験を通して語る人の言葉の方が心に響きます。

同じように、「なぜ神様を信じる必要があるのか」という問いに対しても、イエスは言葉だけでなく、ご自身の人生をもって答えてくださいました。

イエスは罪がないにもかかわらず、洗礼を受け、さらに試練を受けられました。それは、私たちを裁くためではなく、共感(Empathy)をもって私たちを理解するためです。


2.イエスが受けられた試練

① 荒野への導き

洗礼のとき、鳩のように聖霊がイエスの上に降り、神はこう宣言されました。

「これは、わたしの愛する子」

この「神の子」というアイデンティティが宣言された直後、その聖霊ご自身が、イエスを荒野へと導きました。そしてイエスは、40日40夜、断食をされました。


② 第一の試練:生命の危機を利用した誘惑

サタンはこう語りかけます。

「もし神の子なら、この石をパンに変えてみよ」

空腹という極限状態を利用し、「神の子であるなら、今すぐ自分の必要を満たせ」と誘惑しました。

しかしイエスは、申命記8章3節を引用して答えられました。

「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」


③ 第二の試練:御言葉を利用した誘惑

次にサタンは、詩篇91篇11〜12節を引用し、こう言います。

「もし神の子なら、ここから飛び降りよ。神は天使たちに命じて、あなたを守るだろう」

一見、聖書的で正しそうに聞こえます。しかしその本質は、「本当に神は信頼できるのか」と疑わせる誘惑でした。

イエスは再び申命記6章16節を引用して答えます。

「主なるあなたの神を試みてはならない」


④ 第三の試練:目による誘惑

最後にサタンは、世のすべての国々とその栄光を見せて言います。

「もし私を拝むなら、これらすべてをあなたに与えよう」

これは、十字架を通らずに栄光だけを手に入れさせようとする誘惑でした。

イエスはきっぱりと語られます。

「サタンよ、退け。主なるあなたの神を拝み、ただ神にのみ仕えよ」

その結果、悪魔はイエスを離れ、天使たちが近づいて仕えました。


3.これらの試練が教えていること

① 第一の試練が教えること

神の御心よりも、自分の欲求を優先させよという誘惑です。

サタンの目標は、神の目的のために生きる人生を、「自分が生き延びるための人生」へとすり替えることでした。

アダムは「すべての木から食べてよい」という自由が与えられていたにもかかわらず、誘惑によって罪を犯しました。イスラエルも、マンナとウズラを与えられていながら、不信仰によって荒野をさまよいました。

仕事も、食べるためだけではなく、神のためにするものです。

神の言葉によって生きる(申8:3)


② 第二の試練が教えること

神を試し、その約束を疑わせる誘惑です。

サタンは、神の言葉を用いて、神への信頼を切り離そうとします。もしイエスが飛び降りて天使に助けられたなら、洗礼のときに与えられた「あなたはわたしの愛する子」という言葉は、不十分なものになってしまいます。

神を試みてはならない(申6:16)


③ 第三の試練が教えること

十字架を避け、自分の栄光をつかみ取れという誘惑です。

サタンの究極の目的は、神が受けるべき栄光を奪うことです。神の御心の成就は険しく長い道ですが、悪魔の道は「すぐに栄光を得られる」ように見えます。

しかし、自分のための栄光は、結果的に悪魔の栄光となります。

神だけを拝み、神だけに仕える(申6:13)


④ 試練全体の意味

聖霊がイエスを荒野へ導いたのには、明確な理由がありました。それは、アダムとイスラエルが失敗した試練を、イエスが完全に克服するためです。

もし天使が途中で助けていたなら、この試練は意味を失ってしまいます。

試練は、神の民として造り替えられるための訓練場です。イエスは模範として立ち、私たちに勝利の方法を示してくださいました。

勝利の秘訣は、この世が植え付ける偽りの自主性を否定し、神の子としての自主性を確かなものとすることです。そのために、御言葉で武装することが必要です。

神様は、試練の中でも私たちを見守っておられます。


4.まとめ

神の子としてのアイデンティティを忘れない

  • 人はパンだけで生きるのではなく、神の言葉によって生きる

  • 主なるあなたの神を試みてはならない

  • 主なるあなたの神を拝し、ただ神のみに仕えよ

私たちは、神様の子です。そのアイデンティティに立って、試練の中を歩んでいきましょう。​ 

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