20240115早天祈祷会
聖書:申命記4:15-31
題目:偶像崇拝禁止
賛美:428番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(申命記4:15–31)
ホレブ山で、主が火の中からあなたがたに語られた日に、あなたがたはどのような形も見なかった。それゆえ、あなたがたは深く自らを慎まなければならない。
自分自身を堕落させ、男や女の形、地の上を歩く獣、空を飛ぶ鳥、地に這うもの、水の中にいる魚など、どのような形であれ、偶像を刻んで造ってはならない。
また、目を天に向け、太陽や月や星、天の万象を見て、それらに惑わされ、あなたの神、主が天下のすべての民に割り当てられたものを拝み、仕えてはならない。
主はあなたがたを選び、鉄の炉であるエジプトから導き出し、ご自分の嗣業の民とされた。
しかし、主はあなたがたのことで私に怒りを発し、私がヨルダン川を渡れず、あなたの神、主が与えようとしているあの美しい地に入れないと誓われた。私はこの地で死ぬが、あなたがたはヨルダン川を渡り、あの美しい地を得る。
だからあなたがたは、自分自身を慎み、主があなたがたと結ばれた契約を忘れず、主が禁じられたどのような形の偶像も造ってはならない。
あなたの神、主は焼き尽くす火であり、妬む神である。
あなたがたがその地に長く住み、子や孫を得て、もし堕落し、どのような形であれ偶像を造り、あなたの神、主の目に悪を行って、その怒りを引き起こすなら、あなたがたはその地から速やかに滅びる。
主はあなたがたを諸国の民の中に散らし、その中で残される者はわずかとなる。
そこであなたがたは、人の手で造られた、見ることも聞くことも食べることも匂いを嗅ぐこともできない、木や石の神々に仕えることになる。
しかし、その地であなたがたがあなたの神、主を求めるなら、心を尽くし、思いを尽くして求めるなら、主を見いだす。
すべてのことがあなたに臨み、終わりの日にあなたがあなたの神、主に立ち帰り、その御声に聞き従うとき、あなたの神、主は憐れみ深い神であり、あなたを見捨てず、滅ぼさず、あなたの先祖に誓われた契約を忘れられない。
1.本文解説
① 神様の形を造るな、仕えるな(4:15–19)
神様は、ホレブ山で火の中から語られましたが、イスラエルの民はどのような形も見ていません。
それゆえ神様は、「形を造るな」と命じられました。
この世に存在するすべてのものは被造物です。
神様をこの世の形で考え、目に見えるものに落とし込むなら、神様を低く見ることになります。
目に見えるものは、どんなものであっても偶像になり得ます。
アダムも、目で見た実に心を奪われ、罪を犯しました。
神様と親しくなる方法は、「目」ではありません。
耳で御言葉を聞き、口で神を賛美することです。
② あなたの神は焼き尽くす火、妬む神である(4:20–24)
神様はイスラエルをエジプトから導き出しました。
しかしモーセ自身は、ヨルダン川を渡ることができませんでした。
それは、心が神様ではなく、人や自分自身に向いてしまったからです。
カナン人の偶像礼拝も、神以外のものを頼る生き方でした。
神様以外のものにより頼むとき、人は妬む神の火の裁きを受けます。
神様は、唯一の主であり、心の中心を求められる方です。
③ 約束の地で偶像崇拝をするなら散らされる(4:25–31)
偶像は、たとえ神の形を取っていても、神ではありません。
それは別のものになってしまいます。
神様が民を散らすのは、滅ぼすためではありません。
再び心から神様を求めるようになるためです。
神様は焼き尽くす火であると同時に、
契約を忘れない、憐れみ深い神だからです。
2.イエスと偶像の問題
① イエス像を象徴として造るのは良いのか(例:カトリック)
聖書はこう語ります。
「子たちよ。偶像を避けなさい」(Ⅰヨハネ5:21)
「愛する者たちよ。偶像を避けなさい」(Ⅰコリント10:14)
実際の絵画や映画に出てくるイエスは、格好良く描かれています。
しかし聖書は、「彼には美しさも威厳もなかった」(イザヤ53章)と語ります。
それでも、イエスを日々思い出すための道具として用いるなら、
必ずしも一概に否定すべきではないとも考えられます。
仏教における仏像と同じような側面です。
② 神様を思い出すための良い方法
神様は、空、海、太陽などの被造物を見て、創造主を思い起こすようにされました。
キリストは、光、パン、水、牧者、羊、道として示されます。
信仰の弱い人のために、絵や像を持つことを批判する必要はありません。
しかし、本来は無い方が良いのです。
「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えないものを確認することです」
(ヘブル11:1)
③ 心の問題としての偶像
イエスは言われました。
「情欲をもって女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのである」
(マタイ5:28)
行動以前に、心の中が問題なのです。
律法は守って当たり前であり、破ったかどうか以上に、
破った時の態度が問われます。
④ 現代の偶像
「誰も二人の主人に仕えることはできない」(マタイ6:24)
神様以外に優先する主人があるなら、それは偶像崇拝です。
それはお金かもしれません。
自分自身、夫、妻、子ども、教会、聖書さえも、
神様以上に大切にするなら偶像となります。
3.まとめ
① この世の目に見えるものは、何でも偶像になり得る
人は目から失敗することが多いため、目に見える偶像はできる限り避けましょう。
しかし、信仰の弱い人を裁くことには注意が必要です。
② 心の中の偶像にも注意が必要
神様以上に大切にしているものがあれば、
それが目に見えなくても偶像となります。
③ 偶像崇拝の結末は火による裁き
だからこそ、この一週間も、
目からも心からも偶像を取り除き、
神様だけを見て、神様だけを心に思い、生きていきましょう。


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