20240201早天祈祷会
聖書:申命記11:13-32
題目:愛と従順の結果
賛美:405番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.本文解説 ― 申命記11章に見る「愛と従順」
① 御言葉に従うなら、祝福を受ける
モーセは、神様の命令に聞き従い、主を愛し、心を尽くし、思いを尽くして仕えるなら、祝福が与えられると語ります。
イスラエルの民がいたエジプトでは、ナイル川から水を引かなければ作物は育ちませんでした。
しかし、彼らが入ろうとしているカナンの地は違います。地中海から湿った空気が山を越え、雨が降り、ヨルダン川へと流れていきます。この雨こそが祝福でした。
しかし、忘れてはならないことがあります。
雨を降らせるのは神様ご自身であるということです。
カナンの地では、バアルという神が雨を降らせると信じられていました。
イスラエルの民は、その考えに惑わされてはなりませんでした。
祝福は自然現象でも偶然でもなく、神様への愛と従順の結果なのです。
② 御言葉を心と魂に刻み、手と額に置きなさい
神様は御言葉を、単に聞くだけでなく、心と魂に刻みつけ、生活の中心に置くよう命じられました。
御言葉によって生きるなら、
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寿命が長くなります。それはお金や食料の問題ではありません。
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戦いに勝利することができます。それは武力や技術力の問題ではありません。
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敵は恐れおののきます。それは政治力や知識の問題ではありません。
すべては、神様の言葉によって生きるかどうかにかかっています。
③ 従順か、不従順か ― 必ず選ばなければならない
神様は、祝福と呪いのどちらかをイスラエルの民の前に置かれました。
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従順すれば祝福
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不従順なら呪い
これは、神様が気分を害して罰を与えるという意味ではありません。
神の国の民として、神の国の法に従って生きるのか、それとも従わないのかという選択です。
たとえるなら、
妻の言うことに従うのか、それとも家の外の女性の言うことに従うのか、
どちらか一方しか選ぶことはできないのです。
2.新約聖書から見る「愛と従順」
① 御言葉に従う者に与えられる祝福
新約聖書も同じことを教えています。
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御子を信じる者は永遠の命を持つ(ヨハネ3:36)
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神様は、ご自身に従う者に聖霊を与えられる(使徒5:32)
神様は、この世の祝福も与えてくださいます。
しかし、それ以上に大切なのは、神の国の民としての権利と祝福です。
この世の祝福だけに焦点を当てると、信仰は簡単に歪み、異端につながります。
❌「この世の祝福を目的に信じる信仰」は、聖書的ではありません。
② 御言葉を心と魂に刻みつけて生きる
イエス様は言われました。
「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)
私たちは、神の国の民として、御言葉によって生きる存在であることを忘れてはなりません。
パンを最優先にする生き方は、神の国の民の姿ではありません。
③ 新約においても求められる「従順」
ペテロは次のように勧めています。
「従順な子供として、無知であった時代の欲情に従わないでいなさい」(1ペテロ1:14)
神の国の民として、最も必要なのは知恵ではなく、従順です。
例として、知識は豊富でも、従順に踏み出すことができなかったパリサイ人ニコデモがいます。
現代の社会でも同じです。
法律の抜け道を探すような知恵よりも、従う姿勢の方が大切なのです。
3.まとめ ― 愛と従順の結果
① 祝福は従順から生まれる
祝福は、御言葉に従う従順から与えられます。
それは、この世の祝福だけではありません。
私たちにとって本当に必要な、神の国の民としての祝福です。
② 御言葉を心と魂に刻みつける
それは、神の国の民としての義務であり、同時に特権です。
私たちは、パンのために生きる存在ではありません。
③ 従順か、不従順かを選ぶ
神の国の民として必要なのは、
知恵でも、力でも、地位でもなく、従順です。
この世で生きるにしても、神の国に入るにしても、
神様に従順であることを、決して忘れないでいましょう。


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