20240311早天祈祷会
聖書:申命記26:16–19
題目:私たちは主の宝の民
賛美:446
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文(申命記26:16–19 要旨)
主はきょう、これらの定めとおきてを行うように命じられます。それゆえ、心を尽くし、精神を尽くして、それを守り行いなさい。きょう、あなたは主を自分の神とし、その道に歩み、定めと戒めとおきてを守り、その御声に聞き従うと明言しました。
そして主もまた、先に語られたとおり、あなたを「ご自分の宝の民」とすると明言されました。主は誉れと名声と栄光をあなたに与え、造られたすべての国民にまさる者とし、あなたを主の聖なる民とされるのです。
1.本文解説
① 心を尽くし、精神を尽くして律法を守ろうとする姿勢
ここで語られているのは、「完全に律法を守れるかどうか」よりも、「心から守ろうとしているか」という姿勢です。神様は、人間が本質的に義人ではないことを、最初からご存じです。それでもなお、主のために義人として生きようとする、その思いと姿勢を、神様は喜んでくださるのです。
② 主は私たちを「宝の民」として扱うと約束された
私たちが律法を完全に守れるから、宝とされるのではありません。すでに宝とされている私たちが、主に応えようとして律法を守ろうとする、その姿を神様は喜ばれ、私たちは「聖なる国民」とされるのです。
「宝の民」であるという身分は、私たちの行いによって左右されるものではなく、神様の約束によって保証されています。神様は感情によって私たちを扱われる方ではなく、愛に満ちた約束によって私たちを扱われます。それは、結婚式で交わされる誓いに似ています。
③ 主の民として生きる者を高く挙げるという約束
主は、ご自分の民として生きるなら、すべての国々の上に高く挙げると約束されました。これは、人間の努力や才能によって評価される、という意味ではありません。主の民として生きることそのものが、人々の前で証しとなり、評価されるのです。
大切なのは結果ではなく、「神の国の民である」というアイデンティティです。
2.新約聖書からの光
① 心を尽くして、精神を尽くして神を愛しなさい
イエスは、最も重要な掟として、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして神を愛しなさい」と語られました(マタイ22:38–40)。
それは、一生懸命に律法を守って自分を正当化することではありません。一生懸命に神様を愛し、神様を喜ばせる生き方こそが求められているのです。
② あなたがたは主の宝の民である
イエスは言われました。「あなたがたは地の塩である」(マタイ5:13–16)。これは、「努力して塩になりなさい」という命令ではなく、「すでに塩である者として生きなさい」という宣言です。
塩には、命を守り、料理を美味しくし、食べ物が腐るのを防ぐ役割があります。私たちも同じように生きることが、神様の喜びなのです。
③ 主の民として生きるとき、高められる
イエスはこうも言われました。「塩が塩気を失ったら、何によってその味を取り戻せるだろうか。あなたがた自身のうちに塩を持ちなさい。そして互いに和らぎなさい」(マルコ9:50)。
塩味は、人の努力や仕事への頑張りによって取り戻されるものではありません。人の力で、霊的な力を回復させることはできないのです。
塩味は、神様を心から愛し、礼拝するときに回復されます。なぜなら、神の国の民として生きる力は、人の力ではなく、神様の力によってのみ与えられるからです。
3.まとめ
① 心を尽くし、精神を尽くして神様を愛しましょう
律法を守ること以上に、神様を愛することを第一としましょう。
② 私たちは主の宝の民です
その身分を忘れず、宝の民としてふさわしく生きていきましょう。
③ 主の民として生きるとき、私たちは高められます
それは自分の力ではなく、主の恵みと約束によるものです。


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