過去説教(日本語)

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私はわたしを愛する方のもの(雅歌6:1–4 )
고요한 2026-01-25 추천 0 댓글 0 조회 41

20240315金曜祈祷会 


聖書:雅歌6:1–4 

題目:私はわたしを愛する方のもの

賛美:보혈으지나

​説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

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1.真実の愛とは何か(Slide1)

① 愛と恋の違い

日本語では、「愛」という字は心が真ん中にあるため「真心(진심)」を表します。一方、「恋」は心が下にあるため「下心(속셈)」を含む言葉です。

愛は自己犠牲をもって与えるものですが、恋は自己満足のために受け取ろうとします。愛は見返りを求めませんが、恋は見返りを期待します。

神様を知らない人であっても、愛とは献身的なものであるということは理解しています。であるならば、私たちクリスチャンは、どのような状況にあっても、献身的な愛を捨ててはならないのです。

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2.献身的な愛とは何か

① 背景:冷めた新婦の心(雅歌5章)

新婚生活が始まって間もないある日、理由は明らかではありませんが、新郎は夜遅くに帰って来ました。

新郎は、「わが愛する者よ、開けてください。頭が露で濡れています」と語りかけます(5:2)。しかし新婦は、「着物を脱いでしまったし、足も洗ったので無理です」と答えます(5:3)。

ところが、新郎が扉の穴から手を差し入れるのを見たとき、新婦は心を動かされ、扉を開けに行きます(5:4)。しかし時はすでに遅く、新郎は立ち去っていました(5:6)。

新婦は新郎を探して外に出ますが、警備員や衛兵に叩かれ、上着を奪われてしまいます(5:7)。夜中に一人で歩く女性を、不審者だと思われたのかもしれません。

やがてエルサレムの娘たちに出会い、助けを求めますが、逆に質問されます。「その新郎は、ほかの者と比べて何がそんなに優れているのですか」(5:9)。

新婦は答えます。「彼は誰よりも優れています」。ここで用いられる言葉が「ダガール(깃발)」です。これは「旗」「基準」「勝利の栄光」を意味します(5:10)。

新婦は、どのように新郎がダガールであるのかを詳しく語り、最後に「これがわたしの愛する方です」と告白します(5:10–16)。

② 献身的な愛から生まれる情熱は人の心を動かす(6:1|Slide3)

新婦の説明を聞いたエルサレムの娘たちは心を動かされ、彼女と共に新郎を探しに出ます。そしてついに、新郎を見いだすことができました。

人の心を動かしたのは、お金でも地位でも知恵でもありませんでした。叩かれ、奪われても探すことをやめなかった情熱です。それは、献身的な愛から生まれた情熱でした。

③ 自己中心ではなく献身的な愛(6:3|Slide4)

新婦は、「夫が自分のものである」ことよりも、「自分が夫のものである」ことを喜んでいます。

以前は、「わたしの愛する方はわたしのもの」(2:16)という告白が先でした。しかしここでは、「わたしはわたしの愛する方のもの」(6:3)という告白が先に来ています。

これは、人生の優先順位が「自分」から「相手」へと変えられた、真の愛の告白です。真実の愛とは、自分の満足を中心とするのではなく、相手の満足を中心とする愛なのです。

④ 献身的な愛は美しく、そして強い(6:4|Slide5)

新郎は新婦にこう語ります。「あなたはテルザのように美しく、エルサレムのように麗しい。旗を掲げた軍勢のように恐ろしい」(6:4)。

テルザは、サマリヤ以前の北イスラエルの首都で、「楽しさ」「喜び」を意味します。エルサレムは南ユダの首都で、「平和」を意味します。そして「ダガール」は、旗、基準、勝利の栄光を指します。

新婦の献身的な愛は、喜びや平安だけでなく、勝利をもたらす力強さを持っています。献身的な愛は、弱いものでも愚かなものでもありません。恐ろしいほどに力強く、勝利を収める愛なのです。

⑤ 小まとめ

献身的な愛から生まれる情熱は人の心を動かします。本当の愛とは自己中心ではなく、献身的な愛です。そして、献身的な愛は美しく、強いのです。

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3.パウロに見る献身的な愛

① 献身的な愛から生まれる情熱(Slide6)

パウロはこう語ります。「わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇りにはなりません。そうせずにはおれないからです。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいです」(1コリント9:16)。

それは、賞賛を受けるための働きではありませんでした。止められても止められない情熱が、パウロの内にありました。それほど神を、そしてイエス・キリストを愛していたのです。

これは、叩かれ、奪われても探し続けた雅歌の新婦の姿と同じです。知恵や技術ではなく、その情熱が人の心を動かしました。

私たちの信仰生活において大切なのも、この献身的な愛から生まれる情熱です。人に「やめろ」と言われても、それでも従う覚悟があるでしょうか。聖書の中に、無理やり行って神が喜ばれた場面があるでしょうか。信仰生活で重要なのは、知恵や能力ではなく、献身的な愛から生まれる情熱です。

② 自己中心ではなく献身的な愛(Slide7)

パウロは、「わたしはすべての人に対して自由ですが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になりました」(1コリント9:19)と語ります。

人の上に立つことのできる立場にありながら、自ら進んで仕える立場を選びました。受けるためではなく、与えるための献身的な姿勢です。

これは、「わたしの愛する方はわたしのもの」から、「わたしはわたしの愛する方のもの」へと変えられた雅歌の新婦と同じ姿です。信仰生活は、受ける立場から与える立場へと変えられていく歩みなのです。

③ 献身的な愛は美しく、そして強い(Slide8)

主はパウロに言われました。「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱いところに完全に現れる」(2コリント12:9)。

パウロは、自分の弱さを恥じることなく受け入れました。献身的な愛を通して、神の恵みが十分に現されていることを知っていたからです。

雅歌の新婦も、黒く焼けた弱い女性でした。しかし新郎は、その献身的な愛を見て「美しく、恐ろしい」と語ります。互いにダガールの関係となり、人々もそれを認めました。

献身的な愛は、この世では弱く見られるかもしれません。しかし、弱さを隠して強く見せることこそが世のやり方です。キリスト者は、献身的な愛を通して、神とのダガールの関係を示して生きる者なのです。

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4.まとめ

献身的な愛から生まれる情熱は人の心を動かします。本当の愛は自己中心ではなく、献身的な愛です。そして献身的な愛は、美しく、強く、神の心をつかみます。

私たちの勝利は、自分の才能や努力によるのではありません。献身的な愛によって与えられる、神からの勝利なのです。​ 

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