20240403水曜祈祷会
聖書:ネヘミヤ1:4–7
題目:ネヘミヤの祈り
賛美:260、265、361、365
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(ネヘミヤ1:4–7)
わたしはこれらの言葉を聞いた時、座って泣き、数日のあいだ嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈って言った。
「天の神、主。
おのれを愛し、その戒めを守る者には契約を守り、いつくしみを施される、
大いなる恐るべき神よ。どうぞ耳を傾け、目を開いて、
あなたのしもべの祈りを聞いてください。
わたしは今、あなたのしもべであるイスラエルの子孫のために、
昼も夜も御前に祈り、われわれイスラエルの子孫が、
あなたに対して犯した罪を告白いたします。
まことに、わたしも、わたしの父の家も罪を犯しました。
われわれはあなたに対して大いに悪いことを行い、
あなたのしもべモーセに命じられた戒めも、定めも、おきても守りませんでした。」
1.祈りとは何か
① 世俗的な祈り
❶ 目的
自分の平安、自分の栄光、自分が生きるための祈りです。
「目の前の問題を解決してください」と、同じ祈りを繰り返します。
例)御百度参り(神社)
→ 聞かれるまで祈りを積み重ねる(겹겹이 쌓다)
❷ 結果の捉え方
-
解決した場合:
「たくさん祈ったから」「努力したから」 -
解決しない場合:
「祈りが足りない」「努力が足りない」
すべての基準が自分にあります。
② キリスト者の祈り
❶ 目的
神様の栄光、神様の計画が、
天で行われるように地でも行われることです。
祈りは、神様との対話であり、交流です。
例)
夫が一方的に妻に要求し、妻の話を一切聞かないなら、
それは対話でしょうか。
一方的に話し、自分のことだけ語るのは、対話ではありません。
❷ 結果
-
神の民として生きる力を得る
-
神の御心に従う心を得る
-
神の時が来るまで待つ忍耐を得る
たとえ祈りがすぐに聞かれなくても、
祈ること自体に意味があります。
例)
妻がすぐに夫の言う通りにしてくれなくても、
会話すること自体に意味があるのと同じです。
2.ネヘミヤの祈りに学ぶ
① 背景(Slide1)
-
紀元前536年:神殿再建命令
-
紀元前458年:律法回復命令
-
紀元前445年:城壁再建命令
城壁がなく、常に危険にさらされている
エルサレムの民の状況を聞き、
ネヘミヤは深く心を痛めました。
彼はまず、神様に祈りました。
ここから、祈りの姿勢を学びましょう。
② 座って、御言葉を聞こう(Slide2)
❶ 「泣いた」
-
ネヘミヤ:「座って泣いた」(ネヘミヤ1:4)
→ 城壁のないエルサレムの民のため -
エズラ:「泣き伏して祈った」(エズラ10:1)
→ 異邦人と結婚したイスラエルのため
ここでは同じ「バハー」という、
死人のために泣く時に使われる言葉が用いられています。
イスラエルの民が、
未来を失い、死んだ者のようになっていることを嘆いているのです。
❷ 「座った」
-
ネヘミヤ:「座って泣いた」(ネヘミヤ1:4)
-
ダビデ:「私の生きる限り、主の家に住む」(詩篇27:4)
ここで使われている「ヤシェーブ」は、
住む・とどまるという意味の言葉です。
今までの歩みを止め、
立ち止まることの大切さが示されています。
❸ 「断食した」
-
ネヘミヤ:「断食した」(ネヘミヤ1:4)
-
エズラ:「パンも食べず、水も飲まず」(エズラ10:6)
断食の意味は、
❌ 苦労したから認められることではありません。
⭕️ 食べ物から離れ、神様に集中するためです。
肉を弱め、霊を養う。
食を断つことで、霊が強められます。
❹ 霊的に「座る」ということ
人は問題が起こると、
落ち着かず、動き回り、人の話が入ってこなくなります。
しかし聖書は、
まず座って、神様の御言葉を聞くことを教えています。
③ 代わりに罪を自服しよう(Slide3)
❶ 「自服する(자복하다)」とは
見つかる前に、自ら非を認め、従うことです。
-
ネヘミヤ:「犯した罪を告白します」(ネヘミヤ1:6)
-
エズラ:「懺悔していた」(エズラ10:1)
同じ「ヤダー」という
罪を告白する言葉が使われています。
この言葉は、感謝や賛美にも使われます。
❷ 「私たちの罪」として告白する
ネヘミヤは、
イスラエルの罪を「自分と父の家の罪」として祈りました。
「あの人の罪」ではなく、
「私たちの罪」として告白しています。
罪は、神様との交わりを断つ危険なものです。
❸ 共同体の罪を自分の罪とする姿勢
人は問題が起きると、
自分を守り、周りを批判します。
しかし聖書は、
周りのために、自分が自服する道を教えています。
④ ネヘミヤの祈りの核心
1)座って、御言葉を聞く
2)代わりに、罪を自服する
これがネヘミヤの祈りの姿勢です。
3.新約聖書に見る同じ祈りの姿勢
① 座って御言葉を聞こう(Slide4)
❶ マリヤの姿勢
「マリヤは主の足元に座って、御言葉に聞き入っていた」
(ルカ10:39)
イエスがマルタを戒め、マリヤを誉めた理由は何でしょうか。
奉仕によって神様を愛していると思い込むことは、
燃え尽き症候群の原因になります。
神様を愛する者は、
まずイエスにとどまることが大切です。
❷ なぜ「座る」のか
-
ゲッセマネ:「ここに座っていなさい」(マタイ26:36)
-
群衆はイエスを囲んで座っていた(マルコ3:32)
座ること自体が問題ではありません。
神様に集中する姿勢を取っているかが問題です。
❸ 形式だけでは意味がない
祈り、聖書、礼拝はとても大切です。
しかし、イスラエルの民やパリサイ人のような態度では、
意味がなくなってしまいます。
今の歩みを一度止め、
焦点を神様に合わせましょう。
② 代わりに罪を自服しよう
❶ 「わたしに従いなさい」(マタイ4:19)
従うとは、
ただ後ろをついて行くことではありません。
イエスと同じ人生を歩むことを
受け入れることです。
祝福と復活だけを受け取り、
十字架を拒むことはできません。
❷ キリストの愛
「キリストは、不信心な者たちのために死んでくださった」
(ローマ5:7)
罪人だった私たちのために、
イエスは命を捨てられました。
❸ 教会はキリストの体(Slide5)
すべての聖徒は、キリストの体であり仲間です。
誰かを批判することは、
教会全体を、そして自分自身を批判することになります。
神様は、
批判よりも、その人の罪を自分の罪として祈ることを願っておられます。
4.私たちがすべき祈り
① 座って、御言葉を聞こう
立って奉仕すること以上に、
座って神様の御言葉を聞くことが大切です。
これをおろそかにすると、
自分に焦点が当たり、教会生活が苦しくなります。
② 代わりに罪を自服しよう
罪人を切り離して批判するのではなく、
イエスのように寄り添って祈りましょう。
その人のために祈れなかった
自分の罪を悔い改める祈りを、神様は喜ばれます。


댓글0개