20240414青年部礼拝
聖書:マタイ25:14–30
題目:タラントの比喩
讃美:낮은자의 하나님
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに:タラントの比喩は何を語っているのか
タラントの比喩は、能力の優劣や成果を競わせる話でも、働き者を称賛するための話でもありません。
このたとえ話は、イエス・キリストの再臨を待つ者が、どのような心構えで生きるべきかを教えるためのものです。
1タラントを任された僕の問題点は、良い結果を残せなかった努力不足にあるのではありません。
主人が信頼して大金を任せたにもかかわらず、主人を理解しようとせず、自分中心に考えた心にこそ問題がありました。
一方、3タラント、5タラントを任された僕たちが主人に褒められた理由は、能力の高さや成果の大きさではなく、主人に対する忠実な心でした。
神様の王国に入るその日まで、私たちは誰のために、何の準備をしながら生きているのか。
イエス・キリストの再臨を待ち望みながら、与えられた賜物を用いて、神の国を準備していきましょう。
1.どんな人を雇うべきか?
① 社長の立場で考えてみると
もし自分が社長だったら、どんな人を雇いたいでしょうか。
能力に秀でた人、有名大学を出た人でしょうか。それとも、従順な人、忠実な人でしょうか。
日本帝国データバンク(2022年、1550社調査)によると、企業が求める人材は次の通りです。
1位:コミュニケーション能力が高い人(42.3%)
2位:意欲的な人(42.2%)
3位:素直な人(35.0%)
4位:誠実な人(31.8%)
5位:明るい人(21.9%)
6位:専門的技術を持っている人(18.3%)
では、教会では、神の国では、どんな人が必要なのでしょうか。
2.タラントの比喩の内容
① 天国は、旅に出る主人が僕に財産を預けるようなもの(14節)
この「ある人」とはイエス・キリスト、
「僕たち」とは私たち教会、
「旅に出た」とは天に昇られたこと、
「財産」とは聖霊の賜物を指します。
財産はあくまで主人のものであり、僕たちは預かったに過ぎません。
主人が財産を預けた理由は、僕に管理を任せ、増やすためでした。
② 能力に応じて、5・2・1タラントを与えた(15節)
1タラントは約6000デナリで、1デナリを10万ウォンとすると約6億ウォンになります。
この莫大な金額を任されていることから、3人とも十分な訓練を受けていたと考えられます。
主人が能力に応じて金額を変えたのは、それぞれに与えられた能力に応じて責任が異なるからです。
能力以上のことは求めません。
同一の基準を押し付けるこの世とは違います。
③ 5タラントと2タラントの僕(16–17節)
この2人は主人の意図をすぐに理解し、商売を始めました。
得た利益は主人の財産から生まれたものであり、利益も主人のものです。
同額を儲けたことは、僕の力ではなく、主人の力によるものであることが強調されています。
④ 1タラントの僕の選択(18節)
財産を地に埋めることは、当時としては最悪の方法ではありません。
しかし問題は、主人から与えられた財産を無視し、自分勝手に生きたことです。
これは、無責任な仕事放棄でした。
⑤ 主人の帰還と精算(19節)
主人は思っていたより遅く帰ってきました。
この精算は、裁きの時を意味します。
主人が最初に確認したのは、
「どれだけ増えたか」でした。
⑥ 5タラントの僕への評価(20–21節)
「良くやった。良い忠実な僕。
わずかなものに忠実だったから、さらに多くを任せよう。
主人と一緒に喜んでくれ。」
主人は努力や成果ではなく、忠実さを褒めました。
神の国においては、30億ウォンでさえ「わずかなもの」に過ぎません。
「一緒に喜ぶ」とは、僕から友へと昇格したことを意味します。
⑦ 2タラントの僕も同じ評価(22–23節)
評価の言葉は、5タラントの僕と全く同じでした。
主人は、成果の大小ではなく、忠実さを見ておられました。
⑧ 1タラントの僕の問題点(24–25節)
彼は主人を「酷い人」だと決めつけ、恐れから行動しませんでした。
「これがあなたのものです」という言葉は、責任を放棄する態度を表しています。
問題は、主人を良い主人として見ていないことです。
⑨ 主人の厳しい言葉(26–27節)
主人は彼を「悪く、怠惰な僕」と呼びました。
銀行に預けることすらしなかったことは、
主人の目的を理解しようともしなかった証拠です。
⑩ 裁きの結論(28–30節)
タラントは取り上げられ、役に立たない僕は外の暗闇に追い出されました。
追い出される理由は、能力不足ではなく、主人の心を理解せず行動しなかったことです。
3.タラントの比喩の意味
① 努力至上主義ではない
結果が出るまで努力することが中心ではありません。
努力だけに焦点を当てると、比較や成果主義に陥ります。
② 文脈から見る終末論の流れ
マタイ24–25章は終末と神の国について語っています。
タラントの比喩も、再臨を待つ信仰の姿勢を教えるものです。
救いは行いではなく、信仰と神の憐れみによるものです。
③ 主人に忠実な僕になりましょう
「良い忠実な僕」とは、
主人を良い方と信じ、信頼して従う者です。
忠実さとは、大きな行動ではなく、
銀行に預ける程度の小さな信仰の行動から始まります。
④ 私の所有物は何もない
預けられたものも、得た結果も、すべて主人のものです。
教会も同じで、人も働きもすべて神様のものです。
⑤ 僕から友へ
忠実な僕として生きる者は、神の友とされます。
結果や量ではなく、神との関係が問われます。
4.まとめ:タラントの比喩から学ぶこと
1.主人に忠実な僕になりましょう
2.自分のものは何もないと理解しましょう
3.私たちは僕から友へと招かれています


댓글0개