20240603早天祈祷会
聖書:ヨシュア13:1–7
題目:征服から占領へ
賛美:354番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文(ヨシュア記 13章1–7節 要旨)
ヨシュアは年を重ね、すでに高齢になっていました。
そのとき主は彼に言われました。
「あなたは年が進んで老いたが、取るべき地は、なお多く残っている。」
残されている地として、
ペリシテ人のすべての地域、ゲシュル人の全土、
エジプトの東のシホル川から、北のエクロンの境界までの地、
すなわちガザ、アシドド、アシケロン、ガテ、エクロン、
また南のアビ人の地、カナン人の全地、
シドン人に属するメアラから、アモリ人の境にあるアペクまで、
さらにバアル・ガデからハマテの入口に至るゲバル人の地、
レバノンからミスレポテ・マイムまでの山地のすべての民、
すなわちシドン人の全地が挙げられています。
主は言われました。
「わたしはみずから彼らをイスラエルの人々の前から追い払う。
わたしが命じたとおり、あなたはこの地をイスラエルに分け与え、嗣業としなさい。」
そして、その地を九つの部族と、マナセの半部族に分け与えるよう命じられました。
1.本文解説
① 征服(정복)したが、これからは占領(점령)しなければならない
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征服(정복)とは、王を処刑したことを意味します。
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占領(점령)とは、統治者として君臨することです。
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神様は、どこを占領すべきかを、非常に具体的かつ詳細に示しておられます。
② 年老いたが、取るべき地が多く残っている
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ヨシュアはおそらく百歳前後であったと考えられます。
-
神様は、年老いたヨシュアに仕事を押し付けたり、
無理な努力を強要しているのではありません。 -
実際に前に出て行くのはヨシュアですが、
敵を追い払うのは神様ご自身なのです。
③ ヨシュアたちは、従順に従えばよい
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神様はすでに勝利を約束しておられます。
-
あとは、従順に従うだけです。
強い武器を探したり、誰かに頼る必要はありません。 -
勝利は知恵によって得るのではなく、
神様に従うことによって与えられるのです。
2.新約聖書的な理解
① 義認(의인)と聖化(성화)は異なる
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私たちは、義と認められることによって救われます。
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しかしその後も、イエス様に近づいていくための
聖化(성화)の歩みがあります。 -
救われて終わりではありません。
私たちには使命があり、
まだ救われていない人々のために、伝道と宣教に生きる必要があります。
そのためには、御言葉に従うことで聖化されなければなりません。
私たち自身が変えられていくことが、最も力ある証しとなります。
② 義認(의인)も聖化(성화)も、どちらも神様がなさる
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義認は神様の恵みだが、
聖化は人間の努力が必要だと考える人がいます。 -
しかし、征服も占領も神様の御業であるように、
義認も聖化も、100%神様の働きなのです。 -
私たちは「清くなろう」と努力するのではなく、
御言葉に従うことに努力すべきです。
そうしないと、パリサイ人のようになってしまいます。
③ 神様の仕事に終わりはない
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私たちがすぐに死んで天に挙げられないのには理由があります。
今も生きているのは、果たすべき役目があるからです。 -
年を取ったからといって、神様の仕事が終わるわけではありません。
年を重ねても、日々新しくされる必要があります。 -
そのためには、家庭教育が不可欠です。
教会に子どもを連れて行けばそれでよい、という考えは大きな間違いです。
ヨシュアも、「私と私の家は主に仕える」と告白しました。
占領の最終的な目的も、信仰に立つ家庭(クリスチャンホーム)の建設です。
3.まとめ
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征服(정복)して終わりではなく、
占領(점령)する働きが残されています。
私たちも、義認(의인)されて終わりではなく、
聖化(성화)の過程が残っています。 -
征服も占領も神様がなさるので、
ヨシュアは神様に従順であればよかったのです。
同じように、義認も聖化も神様がなさるので、
私たちは神様の言葉に従順であればよいのです。 -
神様の仕事に終わりはありません。
生きている限り、私たちは目的をもって生かされています。
ヨシュアのように、モーセのように、
年を重ねても神様の御業に用いられる存在であることを、
共に覚えて歩んでいきましょう。


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