20240624早天祈祷会
聖書:ヨシュア22:1-9
題目:ヨルダン川東部への帰還
賛美:363
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに ― 約束の地に「帰る」人々
ヨシュア記22章には、カナン征服の戦いが終わった後、ルベン族、ガド族、そしてマナセ半部族がヨルダン川の東側の自分たちの土地へ帰っていく場面が記されています。
一見すると、ただの帰還の物語のように見えます。
しかしここには、「神の民として、世の中でどのように生きるべきか」という大切な信仰のテーマが隠されています。
これは、日曜日に礼拝をささげ、月曜日から世の中へ戻っていく私たち自身の姿でもあります。
1.本文解説 ― 東側へ帰る三部族
① 東側の土地を求めた始まり
ヨルダン川東側へ帰ったのは、ルベン族、ガド族、マナセ半部族でした。
彼らが東側の土地を求めたのは、モーセの時代、民数記32章にさかのぼります。
彼らはその地が家畜に適していることを見て、そこを相続地として求めました。
モーセは最初これに反対しました。
それは信仰による選択ではなく、富や便利さを求める思いから出た願いだったからです。
しかし最終的に神はこれを許可されました。ただし条件がありました。
それは、他の部族が戦っている間、彼らも共に戦うことでした。
彼らは約束どおり、西側にとどまり、兄弟たちのために最後まで戦いました。そして戦いが終わった今、ようやく自分たちの土地へ帰ることになったのです。
② 帰還にあたっての条件
ヨシュアは彼らの忠実さを認め、帰還を許可しました。
しかし同時に、強く命じました。
「律法を守りなさい。主を愛しなさい。主の道に歩みなさい。心を尽くし、精神を尽くして主に仕えなさい。」
場所が変わっても、信仰は変わってはならない、ということです。
ヨルダン川の東側は、約束の地の中心から離れています。
霊的に弱くなる危険がある場所でした。
だからこそ、ヨシュアは特に強く注意を与え、祝福し、多くの財産を持たせて送り出したのです。
③ ヨルダン川の象徴的意味
聖書においてヨルダン川は特別な意味を持っています。
東から西へ渡ることは、「神の臨在の中に入ること」、約束の地に入ることを象徴します。
しかし今回は逆です。
西から東へ渡る、つまり神の中心から離れていく動きです。
そのためヨシュアは、彼らが世の中に流されてしまわないか心配し、強く勧告したのです。
2.新約聖書に照らして ― 世の中で生きる私たち
この出来事は、今日の私たちの姿と重なります。
私たちも礼拝の場から、再び世の中へと帰っていく存在だからです。
では、世の中でどのように神の言葉を守っていけばよいのでしょうか。
① 神の国の民というアイデンティティを忘れない
最も大切なのは、自分が誰であるかを忘れないことです。
私たちは神の国の民です。
たとえば、日本に住んでいても韓国人であるというアイデンティティは変わりません。
また、韓国出身でもアメリカ国籍を持てばアメリカ人として生きます。
同じように、私たちはこの世に住んでいても、神の国に属する者です。
この身分は自分の努力で得たものではありません。
信仰によって与えられた恵みです。
努力するから神の国の民になるのではありません。
神の国の民だから、神にふさわしく生きようと努力するのです。
それは親子関係と同じです。
良い子だから子どもなのではなく、子どもだから親に似ようとするのです。
② 恥を受ける覚悟を持つ
神の国の価値観は、この世の価値観と正反対です。
だから必ず摩擦が起こります。
イエス様は、人間にとって最も恥ずべき刑罰である十字架を、自ら選ばれました。
しかし私たちは、世間や、時には教会の中からさえも批判されることを恐れます。
祈福信仰や律法主義の中で、神の国の生き方が理解されないこともあります。
それでも、神の国の民として生きる道を選ぶべきです。
マルコ8章38節にはこうあります。
「わたしとわたしの言葉とを恥じる者を、人の子もまた恥じるであろう。」
恥を恐れず神に従う者を、神は必ず助けてくださいます。
3.まとめ ― 世に出ていく信仰
私たちは主日に教会に集い、そしてまた世の中へ戻っていきます。
世に出ないわけにはいきません。
しかし、世に流されてはいけません。
私たちは神の国の民です。
このアイデンティティを決して忘れてはなりません。
そして、恥を受ける覚悟を持って神を選ぶとき、神様は必ず私たちを守り、回復してくださいます。
今日の祈りの時間、
「世の中にあっても大胆に信仰を貫く力を与えてください」
そう祈ってまいりましょう。


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