20240626水曜祈祷会
聖書:ルカ2:28-32
題目:シメオンの信仰
讃美:405、421、494、498
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに
シメオンは幼な子イエスを腕に抱き、神をほめたたえてこう言いました。
「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに
この僕を安らかに去らせてくださいます。
わたしの目が今あなたの救いを見たのですから。
この救いはあなたが万民の前に備えられたもので、
異邦人を照らす啓示の光、み民イスラエルの栄光であります。」
これは「ヌンク・ディミティス(今こそ去らせてください)」と呼ばれる、教会の歴史の中で大切に歌われ続けてきた賛美です。
今日は、このシメオンの信仰から、
「イエスと出会うとは何か」「聖霊に満たされて生きるとは何か」
このことを共に学びたいと思います。
1.ルカ福音書にある四つの賛美(Slide1)
ルカ福音書には、初臨の出来事とともに四つの賛美が記されています。
これらはカトリック、ルーテル、聖公会、正教会などで、今も礼拝の中で歌われています。
① マグニフィカート(マリアの賛美)
② ベネディクトゥス(ザカリアの賛美)
③ グローリア・イン・エクセルシス(天使の賛美)
④ ヌンク・ディミティス(シメオンの賛美)
特にシメオンの賛美は、1日の終わり、夕方の祈り、そして一年の最後の日に歌われます。
「今こそ去らせてください」
つまり、「主よ、今日も救いを見ました。安心して眠れます」という信仰告白です。
2.シメオンという人物
① 信仰深い待望者(2:25−26)
シメオンは正しく、信仰の深い人でした。
イスラエルが慰められることを待ち望み、聖霊が彼の上にとどまっていました。
当時の人々は、力強い政治的メシアを期待していました。
しかしシメオンは違いました。彼は神の慰めを待つ、霊的な信仰者でした。
そして聖霊によって
「メシアに会うまでは死なない」
という啓示を受けていました。
② 聖霊に導かれて神殿へ(2:27−28)
ある日、彼は聖霊に導かれて神殿に行きます。
ちょうどその時、マリアとヨセフが幼子イエスを連れて来ました。
律法により、初子は神にささげられました(出エジプト13:2)。
また出産後、母親は一定期間神殿に入れません(レビ12章)。
彼らは貧しかったため、羊ではなく鳩二羽をささげました。
その中で、シメオンだけが、この赤子こそメシアであると悟ったのです。
そしてイエスを抱き上げ、神を賛美しました。
③ 賛美するシメオン(2:29−32)
彼は言いました。
「もう死んでもよい。」
なぜでしょうか。
生まれてまだ40日しか経っていない赤ちゃんです。
それなのに彼は「救いを見た」と言いました。
それは、この幼子の中に全人類の救いを見たからです。
イエスは
「異邦人を照らす光」
「イスラエルの栄光」
全世界の救い主でした。
3.シメオンの信仰(私たちへの適用)
① イエスと出会おう(Slide2)
エペソ1:13
「キリストを信じた結果、聖霊の証印を押された」
キリストを信じるとき、私たちは聖霊を受けます。
ユダヤ人たちは死を恐れて生きていました。
しかしシメオンは「もう死んでもよい」と言いました。
死の問題が解決していたからです。
それは聖霊に満たされていたからです。
祭司たちはイエスを見ても分かりませんでした。
しかしシメオンは分かりました。
これも聖霊によるのです。
大切なのは、イエスとの人格的な出会いです。
祝福された生活が幸せなのではありません。
毎日イエスと出会い、御言葉に従うとき、真の喜びが与えられます。
だから、毎日御言葉を通してイエスに会うことが重要なのです。
② すべての民の救いのために生きる(Slide3)
マタイ28:19−20の大宣教命令。
聖霊が与えられたのは、使命のためです。
ユダヤ人は「豊か=祝福」と考えました。
しかしそれは自己中心的な祝福でした。
イエスはユダヤ人だけでなく、異邦人のためにも来られました。
アブラハムが選ばれたのも、万民を祝福するためでした。
私たちも同じです。
まだ救われていない遠くの人々のために生きる。
それが宣教の目的です。
③ 聖霊に満たされた人が主の働きをする(Slide4)
ヨハネ20:21−22
「聖霊を受けよ」
旧約時代は預言者を通して神の言葉が与えられました。
しかし新約時代は、私たち一人一人が聖霊によって導かれます。
パリサイ人は力ある政治的メシアを期待しました。
しかしシメオンは慰めをもたらす救い主を見ました。
違いは何でしょうか。
学歴や地位ではありません。
聖霊に満たされていたかどうかです。
教会は牧師だけのものではありません。
聖徒一人一人が主の働き手です。
4.イエスとの出会いがすべて(Slide5)
オーガスタス・トップレディの証し。
彼は幼くして父を亡くし、様々な説教を聞きましたが心は変わりませんでした。
しかし、読み書きもできない平信徒ジェームズ・モリスの説教を聞いた時、
「キリストの血によって近づけられた」
この福音によって救われました。
そして後に賛美歌494番
「万世の岩よ(Rock of Ages)」
を作詞しました。
歌詞はこう語ります。
自分の努力では救われない。
涙でも、熱心でもだめ。
十字架だけが救いである。
彼の人生は「キリストとの出会い」がすべてでした。
5.まとめ
シメオンの信仰から三つのことを覚えましょう。
第一に、イエスとの人格的な出会いを求めること。
偉さや豊かさではなく、御言葉に従う心が大切です。
第二に、宣教に生きること。
自分の祝福のためではなく、まだ救われていない人々のために生きましょう。
第三に、聖霊に満たされて生きること。
牧師か平信徒かは関係ありません。
御言葉に従う人を、神は喜んで用いてくださいます。
シメオンのように
「主よ、あなたの救いを見ました」
そう告白できる人生を歩んでまいりましょう。


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