20240630早天祈祷会
聖書:ヨシュア24:14-28
題目:シケムでの契約更新
賛美:365
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに
イスラエルの民は、長い荒野の旅とカナン征服の戦いを終え、いよいよ約束の地に定住する段階に入りました。
その最後に、ヨシュアは民をシケムに集め、神との契約を「更新」します。
これは単なる儀式ではありません。
「あなたは誰に仕えるのか」
という、信仰の最も根本的な問いが突きつけられる場面です。
この問いは、当時のイスラエルだけでなく、今日の私たち一人一人にも向けられています。
1.本文解説
① ヨシュアの宣言 ― 「今日、選びなさい」
ヨシュアは民にこう語りました。
「あなたがたの仕える者を、今日、選びなさい。ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕える。」
ここで大切なのは、「今日、選びなさい」という言葉です。
信仰は過去の出来事ではありません。
毎日、新しく選び取る決断です。
そしてヨシュアは、「わたしだけが主に仕える」とは言いませんでした。
「わたしと、わたしの家とは共に主に仕える」と言いました。
神の民にとって大切なのは、
自分一人の信仰ではなく、家族を神のもとに導くことです。
次の世代に信仰を引き継ぐこと。
それは神から与えられた大きな使命です。
② イスラエルの宣言 ― しかし問題があった
それに対して民は、
「われわれも主に仕えます」
と三度も強く宣言しました。
一見、素晴らしい信仰告白に見えます。
しかしヨシュアは、
「あなたがたは主に仕えることはできないであろう」
と言いました。
なぜでしょうか。
ヨシュアの宣言は受け入れられ、民の宣言は疑われたのはなぜでしょうか。
それは、彼らの家の中にまだ外国の偶像が残っていたからです。
口では「主に仕える」と言いながら、生活の中では偶像を手放していませんでした。
心と行動が一致していなかったのです。
神は口先の信仰ではなく、実際の生活を見られます。
③ 証拠の石を立てる
そこでヨシュアは、大きな石を立てました。
これは記念碑でした。
「私たちは主に仕える」と言った、その言葉の証拠として残すためです。
後になって
「そんなことは言っていない」
と言わせないためです。
これは神のためというより、民自身のためでした。
人は忘れやすく、言葉に責任を持たなくなるからです。
この石を見るたびに、
「私は主に仕えると約束した」
と自分に言い聞かせるためでした。
2.新約聖書から見る適用
① 家族を信仰に導く使命
使徒16:31
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」
これは、自動的に家族が救われるという意味ではありません。
あなたを通して、家族が信仰に触れる機会が与えられる、という意味です。
神は一人の信仰を通して、家族全体を救おうとされます。
イエスは「家族を分けるために来た」とも言われましたが、それは壊すためではなく、神のもとで本当に建て直すためです。
だから私たちには、家族を信仰へ導く責任があります。
② 人の意思は弱いことを忘れない
同時に、私たちは人間の決意がどれほど弱いかも知っています。
ペテロは言いました。
「皆がつまずいても、私はつまずきません」
しかしその夜、三度イエスを否定しました。
イエスはその失敗を知っておられました。
それでも復活後、ペテロの前に現れたのは、叱るためではなく、傷を癒すためでした。
私たちの決心だけでは信仰を守れません。
人の意思は弱いのです。
だからこそ、神の恵みと助けが必要なのです。
③ 見えるものを捨て、神の言葉を見る
第二コリント4:18
「見えるものではなく、見えないものに目をとめなさい」
人は目に見えるものに引き寄せられます。
エバも、サウルも、多くの人が「見える誘惑」によって倒れました。
悪魔はそれをよく知っています。
だからこそ、神に集中するためには、時に捨てる勇気が必要です。
断食や祈祷院、祈りの時間は、神に目を向けるための訓練です。
偶像を取り除かなければ、本当の礼拝はできません。
3.まとめ
今日の御言葉から三つのことを覚えましょう。
第一に、私たちには家族を信仰に導く使命があります。
「私と私の家は主に仕える」と告白する家庭を築きましょう。
第二に、人の意思は弱いということを忘れてはいけません。
決心だけでは続きません。神の恵みが必要です。
第三に、信仰を守るための環境づくりが大切です。
目に見えるものへの執着を捨て、神の言葉に集中しましょう。
偶像を取り除き、心を主に向けるとき、
私たちは本当に「主に仕える民」となります。
今日も新しく決断しましょう。
「私と私の家とは共に主に仕えます。」
この告白をもって、一日を始めてまいりましょう。


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