20240714早天祈祷会
聖書:士師記3:7-11
題目:オテニエル
賛美:373
説教:高曜翰 副牧師
はじめに
士師記には、イスラエルの歴史の中で繰り返される一つのパターンがあります。
それは、
罪 → 苦しみ → 叫び → 救い → 平和 → 再び罪
という循環です。
今日の本文は、その最初の士師、オテニエルの物語です。
そしてこの出来事は、単なる歴史ではなく、私たちの信仰生活そのものを映す鏡でもあります。
第一部 本文解説
① イスラエルの失敗 ― 主を忘れた民
イスラエルは主の前に悪を行いました。
彼らは自分たちの神、主を忘れ、バアルやアシェラに仕えました。
これは単なる偶像礼拝ではありません。
霊的な「不倫」です。
「浮気するな」と言われているのに、
自分の配偶者を忘れ、他の人に心を向けてしまうようなものです。
その結果、主はイスラエルをメソポタミアの王クシャン・リシャタイムの手に渡されました。
そして彼らは八年間仕えることになりました。
まるで、配偶者が苦難の中に突き落とされたような状態です。
しかし、その苦しみの中でイスラエルはようやく主に叫び求めました。
そのとき主は、彼らのために救助者を立てられました。
それがオテニエルでした。
苦しみの中で帰ってくる配偶者を見て、神は救いの道を備えられたのです。
② オテニエルという人物
オテニエルはユダ族に属し、カレブの弟、ケナズの子でした。
そして最も重要なことは、
主の霊が彼に臨んだ
ということです。
彼は戦いに出てメソポタミアに勝利し、イスラエルに四十年間の平和をもたらしました。
彼が生きている間、国は平安でした。
つまり、オテニエルの存在が、イスラエルの祝福そのものでした。
③ 勝利の原因 ― 主の霊による働き
しかし、その勝利は彼の戦闘能力や才能によるものではありません。
聖書ははっきりと、
「主の霊が彼に臨んだ」
と記しています。
平和は人間の努力の結果ではなく、神の霊の働きによるものでした。
彼の努力ではなく、
主が与えた霊によって、主が立てた士師によって、イスラエルは救われたのです。
第二部 新約聖書的適用
この出来事は、私たちの信仰生活にも大切な教訓を与えます。
① 神様だけに頼るべき
バアルやアシェラが魅力的に見えても、頼ってはいけません。
たとえるなら、隣の家の夫が立派に見えたとしても、
その人に頼ってはいけないのと同じです。
頼るべき方は、ただ一人の配偶者だけです。
しかしイスラエルは、主を忘れるほど長い間、浮気を続けてしまいました。
だからこそ、私たちが次の世代に教えるべきことはただ一つです。
「神様だけに頼りなさい」
これです。
② 困難は立ち返るためにある
私たちが経験する困難は、神様の報復ではありません。
神様が怒って仕返しをしているのではありません。
それは、
自ら悟って神に帰るための期間
です。
イスラエルは苦しみの中で、初めてバアルではなく主を呼び求めました。
苦難は、神に立ち返らせるための恵みでもあるのです。
③ 問題を通して神様が関係を回復する
問題の本質は、メソポタミアに支配されたことではありません。
本当の問題は、
神様から心が離れていたこと
でした。
しかし私たちは、その根本問題に気づきにくいのです。
だから神様は問題を用いて、私たちの心を神に向けさせ、関係を回復してくださいます。
神様は罰する方ではなく、
関係を回復してくださる父なる神
なのです。
まとめ
今日の御言葉から、三つのことを覚えましょう。
① 神様だけに頼るべき
イスラエルの問題は、神様から離れたことでした。
② 困難は立ち返るためにある
困難の原因は自分にあり、神様はそれを通して私たちが自ら悟ることを望んでおられます。
③ 問題を通して神様が関係を回復してくださる
神様は問題そのものではなく、問題を通して私たちの心を癒し、回復してくださる方です。
私たちも今日、
人や環境ではなく、ただ神様だけに頼り、
困難の中でも神の愛を信じ、
主との関係を深める一日を歩んでまいりましょう。


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