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長血の女とヤイロの娘(マルコ5:21-43)
고요한 2026-02-07 추천 0 댓글 0 조회 25

20240714青年部礼拝

聖書:マルコ5:21-43

題目:長血の女とヤイロの娘

賛美:주의 옷자락 만지며

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

はじめに

イエスは、私たちの病気をただ治すだけの医者ではありません。

神様との壊れた関係を修復し、
羞恥心や罪悪感、さらには死への絶望感までも拭い去ってくださる、
私たちの人生全体を導く「ライフコーディネーター」です。

私たちが神様のみに依存して生きるとき、聖霊の働きを通して、誠実なイエスに似せられていきます。

私たちは神様の計画の全容を見ることはできません。
しかし、神の国の民としてその計画に飛び込むとき、
環境に振り回される人生ではなく、神に導かれる主体的な人生を生きることができるのです。


第一部 大切なものを見落とすな

ある動画に、ガゼル同士が戦っている場面があります。
二匹が激しく争っている間に、背後からライオンが近づいてきます。

他の動物はすぐ逃げました。
しかし当のガゼルたちは戦いに集中しすぎて気づきません。

そして最後には、ライオンに食べられてしまいました。

これは私たちの人生にも似ています。

私たちは目の前の小さな戦いに集中しすぎて、
本当に重要な問題を見失ってしまいます。

日々の悩み、仕事、人間関係、将来の不安…。
それらに振り回されるあまり、
もっと大きな「死」や「神様との関係」という根本問題を見逃してしまうのです。

私たちは本当に、
神様との関係の回復を第一にして生きているでしょうか。


第二部 物語

① ヤイロの必死の願い

会堂管理者ヤイロは、イエスがデカポリス地方から戻ってくるのを待っていました。

イエスが到着すると、彼はひれ伏して願いました。

「死にかけの幼い娘がいます。どうか来て、手を置いて助けてください。」

イエスは彼と共に出発し、大勢の群衆もついてきました。


② 長血の女の信仰

そこに、十二年間も長血の病に苦しむ女性がいました。

彼女は健康もお金も人間関係も失っていました。
社会的にも宗教的にも「汚れた者」とされ、孤立していました。

しかし彼女は、
「イエスの服に触れさえすれば癒される」
と信じ、群衆の中に紛れてそっと触れました。

すると、すぐに出血が止まり、癒されたことを感じました。

イエスは力が自分から出て行ったことに気づき、
「誰が触ったのか」と探されました。

弟子たちは「群衆が押し寄せているのに分かるはずがありません」と言いました。

しかし女性は恐れながらも進み出て、すべてを告白しました。

その時イエスは言われました。

「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。」


③ ヤイロの娘の死と復活

その話の途中で、ヤイロの家から知らせが来ました。

「お嬢さんは亡くなりました。」

家に着くと、人々は泣き叫んでいました。

しかしイエスは言われました。

「死んだのではない。眠っているだけだ。」

人々はイエスを嘲笑いました。

イエスは父母と数人の弟子だけを連れて中に入り、少女の手を取って言われました。

「少女よ、起きなさい。」

すると少女はすぐに立ち上がって歩き始めました。


第三部 適用

① イエスは女性の羞恥心と罪悪感を拭い去られた

この女性は十二年間、どれほど恥ずかしい思いをしてきたでしょうか。

神様がすぐに癒さなかったのは、
困難を通して神様に完全に頼ることを学ばせるためだったのかもしれません。

早く出会っていたら、恐れて近づかなかったかもしれない。
イエスをただの医者の一人としか思わなかったかもしれない。

イエスは、誰も触れたくない彼女が触ることをあえて許されました。

それは彼女の心を癒し、
「イエスの清さは、彼女の汚れよりもはるかに強い」
ことを示すためでした。


② イエスはヤイロの絶望を拭い去られた

ヤイロはどれほど不安だったでしょうか。
女性のことで時間が取られ、娘の死が近づいていました。

なぜイエスはすぐ助けなかったのでしょうか。

それは、完全に神様に頼る信仰へ導くためでした。

「まだ生きているうちなら何とかなる」という人間的な希望を捨てさせ、
「神だけが命の主である」と教えるためでした。

イエスは不浄とされる死体に触れ、
死に打ち勝つ力がご自分にあることを示されました。


③ イエスは環境を通して私たちの態度を変えられる

イエスは、私たちが頼らざるを得ない状況をあえて作られます。

私たちは結果が見えませんが、イエスはすべてをご存知です。

神様は人生の階段を全部見せることはありません。
しかし必要なときに、次の一段を必ず示してくださいます。

イエスは目の前の問題解決よりも、
私たちの根本問題を解決されます。

真の平安は問題解決ではなく、神様との正しい関係にあるからです。

環境が問題ではありません。
問題なのは、環境に対する私たちの態度です。


④ 神様との関係のために行動しよう

宣教や奉仕は、神の国の計画に参加することです。

ただ礼拝に出席するだけでは十分ではありません。
それは自己満足で終わる危険があります。

私たちはよく言い訳をします。

「安全になったら行く」
「問題が解決したら奉仕する」
「成長してから仕える」
「お金が増えたら献金する」

しかしそれでは一生、環境に振り回されて終わります。

だから先に行動しましょう。

「危険でも行きます」
「大変でも奉仕します」
「足りないけどやります」
「ある分だけでも捧げます」

そのとき、イエスが私たちを根本から癒し、イエスに似た者へと変えてくださいます。


まとめ

① イエスは長血の女性の羞恥心と罪悪感を拭い去られました。
ただ病気を治しただけではありません。

② イエスはヤイロの死への絶望感を拭い去られました。
ただ死人を生き返らせただけではありません。

③ イエスは環境を通して私たちの態度を変えられます。
問題は環境ではなく、私たちの心です。


今週も、環境に振り回されるのではなく、
神様との関係を第一にし、
大胆に神の国の働きに飛び込み、 

イエスに似る一週間を歩んでいきましょう。​ 

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