20240722早天祈祷会
聖書:士師記4:9-10
題目:神様の計画は止まらない
賛美:383
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.バラクの拒絶に対するデボラの反応
バラクが「あなたが一緒に行くなら行きますが、行かないなら行きません」と条件を出して神の命令に従うことをためらったとき、デボラは感情的にならず、非常に冷静に応答しました。そこには、神に用いられる指導者としての成熟した姿が見られます。
①「私は必ずあなたと一緒に行きます」
デボラはまず、「私は必ずあなたと一緒に行きます」と答えました。
駄々をこねるような態度のバラクに対しても、叱責するのではなく、共に歩むことを選んだのです。
弱い者を突き放すのではなく、寄り添う姿勢。それは神様が選ばれたバラクを尊重し、支えようとする愛の対応でした。これはまさに、神様の心を反映した態度です。
②「しかしあなたは誉を得ない」
しかし同時に、デボラは真実をはっきりと伝えました。
「あなたは誉を得ない」と告げたのです。
神の計画を拒絶した結果があることを、感情ではなく事実として語りました。
本来、神様は私たちを通して働かれ、その栄光はまず神様に帰され、そして私たちもその栄光にあずかるはずでした。けれども、バラクはその機会を自ら手放してしまったのです。
デボラは、神様が望んでおられることを明確に教えました。
③「主はシセラを女の手に渡される」
さらにデボラは、「主はシセラを一人の女の手に売り渡される」と告げます。
バラクは、おそらくデボラが栄光を受けるのだろうと思ったかもしれません。しかし実際には、まったく別の女性(ヤエル)が用いられることになります。
もし男がリーダーとして立つことを拒むなら、神様は女性をも用いられます。
神様の計画は、人の拒絶によって止まることはありません。必ず他の器を通して成し遂げられるのです。
2.新約聖書に見る神様の原則
① 神様が立てた人を立てること
ローマ13章1節にはこうあります。
「すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。…存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。」
たとえ弱く見えても、神様が立てられた人ならば、その人を信じ、助けるべきです。
神様は、地上の権威に従うことを通して、神ご自身に従う訓練を私たちに与えておられます。
また、「共にいる」こと自体が、インマヌエル(共におられる主)を知る恵みでもあります。
② 間違いを真実によって教えること
相手が受け入れるかどうかに関係なく、間違いを正しく伝えることは重要です。
ダビデに罪を指摘した預言者ナタンのように、真実を語る責任があります。
しかし、それは感情的であってはなりません。
怒りに任せて十戒を砕いたモーセの姿もありますが、本質は「神の言葉を正しく伝えること」です。
大切なのは、嫌われないことではなく、真実を語ることです。
コリント第一2章13節にあるように、私たちは人間の知恵ではなく、御霊の言葉によって語るべきなのです。
③ 神様の計画は止まらない
聖書ははっきり語ります。
「人の心には多くの計画がある。しかし、ただ主のみ旨だけが堅く立つ。」(箴言19:21)
「あなたがいないと始まらない」ということはありません。
私たちがいても、いなくても、神様の計画は進みます。
契約の箱がひとりでペリシテ人の地から帰ってきた出来事のように、神様は人に依存しておられません。
もし「自分には力がないから」と言って拒むなら、それは理由になりません。
神様はどんな人でも用いることができるお方だからです。
だから私たちがすべきことは、他人を批判することでも、賢い作戦を求めることでもなく、神に喜ばれる器となることです。
ローマ12章1–2節のように、
自分自身を「生きた、聖なる供え物」としてささげること、これこそが霊的礼拝なのです。
3.まとめ
神様の御言葉は、私たちに三つのことを教えています。
第一に、神様が立てた人を尊び、支えること。
第二に、真実に基づいて間違いを正しく伝えること。
第三に、神様の計画は決して止まらないということ。
だからこそ私たちにできるのは、神様がいつでも用いることのできる器として整えられ、準備された者となることです。
神の御心に従い、喜んで用いられる人生を歩んでいきましょう。


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