20240804青年部礼拝
聖書:マタイ26:6-16
題目:マリアの献身とユダの貪欲
賛美:예수 열방의 소망
場所:중앙성서교회
Ⅰ.はじめに ― Giverか、Takerか、Matcherか
ペンシルベニア大学の心理学教授アダム・グラントは、組織の中には三種類の人間がいると言いました。
第一に Taker(テイカー)。
「自分は何を得られるか」と考える人で、全体の19%です。
第二に Giver(ギバー)。
「自分は何を与えられるか」と考える人で、25%です。
第三に Matcher(マッチャー)。
与えることと受け取ることのバランスを取る人で、56%です。
Takerは常に自分の利益に集中します。
Giverは人を助けることに忙しく、最も成功する人も、最も失敗する人もGiverだと言われます。
Matcherは、Giverを搾取するTakerにブレーキをかける存在です。
そして組織にとって最も重要なのは、Giverを増やすことよりも、Takerを見抜くことだと言います。
しかしTakerは外見が良く、人当たりもよいため、簡単には見分けられません。
今日の聖書には、まさにこの対照的な二人が登場します。
マリアというGiverと、ユダというTakerです。
Ⅱ.マリアとユダの対比
① 背景
ラザロの復活の後、イエスはエフライムに避難されました。
そして過越の祭りが近づき、エリコでザアカイに会われた後、ベタニヤに来られます。
最後の土曜日の夜、らい病人シモンの家で夕食が開かれました。
そこにはラザロ、マルタ、そしてマリアもいました。
この食事の席で、あの有名な「香油注ぎ」の出来事が起こります。
② マリアの行動
マリアは、非常に高価で純粋なナルドの香油が入った石膏の壺を持ってきました。
それは約300デナリ、つまり一年分の賃金に相当する大変高価なものでした。
女性がそれだけ稼ぐことはほとんど不可能であり、家宝のような存在です。
彼女はその壺を割り、
香油をイエスの頭に注ぎ、足にも塗り、自分の髪で拭いました。
少し使ったのではありません。
全部注いだのです。
なぜそこまでしたのでしょうか。
マリアがイエスの十字架の意味を完全に理解していたかは分かりません。
しかし、イエスの死期が近いことを感じ、「今しかない」と思ったのでしょう。
結果的にそれは、イエスの葬りの準備となりました。
彼女は
「自分のため」ではなく、
「イエスのため」に、
最も大切なものをささげたのです。
③ ユダの反応
これを見た弟子たちは憤りました。
「なんて無駄なことをするのか。売って貧しい人に施せたのに。」
一見、とても正しい意見に聞こえます。
しかしヨハネ福音書は、ユダの本心を明らかにしています。
彼は貧しい人のことを考えていたのではありません。
財布係としてお金を盗んでいたからです。
つまり
「分かち合い」ではなく、
「自分が得たい」という貪欲だったのです。
外見は正義でも、中身は自己中心でした。
④ イエスの評価
イエスは言われました。
「彼女を困らせてはいけない。わたしによい事をしてくれたのだ。」
そして、
「この女は、できる限りのことをした」
とほめられました。
全てを差し出した愛を、イエスは受け取られました。
⑤ ユダの行動
その後ユダは、一人でベタニヤからエルサレムまで約3km歩き、祭司長のところへ行きました。
そして言います。
「彼を引き渡せば、いくらくれますか。」
銀貨30枚。
奴隷一人分の値段です。
香油の十分の一ほどの価値です。
マリアは全財産をイエスにささげ、
ユダはイエスをお金のために売りました。
同じイエスの弟子でありながら、これほど正反対の人生があるのです。
Ⅲ.ユダの貪欲か、マリアの分かち合いか
① 何に最も価値を置くか
マリアはイエスを自分よりも価値ある方としました。
だから惜しまずささげました。
ユダは自分を一番大切にしました。
だからイエスを「無駄」と判断しました。
私たちも問われます。
神と隣人を、自分と同じように愛しているでしょうか。
② 何に焦点を当てるか
マリアは目に見えないイエスの人格と使命に焦点を当てました。
ユダは目に見えるお金に焦点を当てました。
聖書は言います。
「見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづく。」
私たちは永遠に目を向けなければなりません。
③ 受ける人生か、与える人生か
マリアは「与える」人でした。
ユダは「受け取る」人でした。
イエスは言われます。
「受けるよりは与える方が幸いである。」
イエスご自身が、私たちに命を与えてくださったからです。
Ⅳ.まとめ
Takerは
自分に希望を置き、人に希望を置き、この世のものに希望を置きます。
しかし私たちは、そうであってはなりません。
第一に、神様に価値を置き、隣人を自分のように大切にしましょう。
第二に、見えるものではなく、見えない永遠に焦点を当てましょう。
第三に、受けることよりも、与えることを人生の目的にしましょう。
イエスが私たちに命を与えてくださったように。
神様の恵みによって、私たちがGiverに生まれ変わることを願います。
Ⅴ.フェム集まりの案内
フェム集まりは、説教で受け取った恵みをアウトプットする時間です。
・自分にはどんな貪欲があるか
・それをどう解決するか
・互いに祈り合う
この時間を通して、御言葉を自分のものにしましょう。
できる人は、できない人を助けてください。


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