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苦しめるミデアン人(士師記6:1−6)
고요한 2026-02-10 추천 0 댓글 0 조회 2

 

20240805早天祈祷会

聖書:士師記6:1−6

題目:苦しめるミデアン人

賛美:405

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

Ⅰ.はじめに

士師記の時代、イスラエルは何度も同じ過ちを繰り返しました。
主に従い、祝福を受け、しかし豊かになると神様を忘れ、再び罪を犯す。
そして苦しみの中で主に立ち返る。

今日の箇所は、その典型的な姿が描かれています。

イスラエルは再び主の前に悪を行い、その結果、ミデアン人によって七年間も苦しめられることになりました。

これは単なる歴史ではありません。
私たち自身の信仰生活の姿でもあります。


Ⅱ.本文解説

① 主から離れたイスラエル

イスラエルの人々は、また主の前に悪を行いました。
そのため主は、彼らを七年間ミデアン人の手に渡されました。

これは偶然ではなく、神様の導きでした。
神様がミデアン人を用いて、イスラエルを苦しめられたのです。

なぜでしょうか。

それは、主から離れ、霊的に浮気したイスラエルが、もう一度神様のもとに帰ってくるためでした。

しかしイスラエルは、その苦しみが自分たちの罪の結果であることを、七年間も理解できませんでした。


② 自分の力で切り抜けようとするイスラエル

ミデアン人の支配は非常に厳しいものでした。

イスラエルの人々は身を守るために、山に洞穴や岩屋、要害を造りました。
つまり、自分たちの力で何とかしようとしたのです。

しかし、どんなに隠れても無駄でした。

種をまく時期になると、
ミデアン人、アマレク人、東方の民がイナゴのように押し寄せてきました。

彼らは家畜と天幕を携え、ラクダに乗ってやって来ました。
ラクダは馬より持久力があり、遠くまで素早く攻め込むことができます。

そして収穫物をすべて奪い、
羊も牛もロバも、一つも残しませんでした。

イスラエルは毎年、努力の実りをすべて奪われたのです。

人間の力では、この問題は解決できませんでした。


③ 主を呼ぶイスラエル

ついにイスラエルは極度の貧困に陥りました。

食べ物がなく、
家畜もなく、
経済も、軍事も、政治も、すべてが破壊されました。

生活そのものが成り立たなくなったのです。

そしてようやく、

「主よ!」

と叫び求めました。

持っているものが全部なくなったとき、
初めて神様に頼るようになったのです。


Ⅲ.新約聖書からの適用

① 主と共にいることが一番大事

イエス様は言われました。

「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる。」

私たちは主が共におられるからこそ、教えを守り、使命を果たし、生きていくことができます。

子どもが健全に育つためには、親がそばにいることが必要です。
夫婦関係も同じです。物やお金ではなく、「共にいること」が最も大切です。

信仰生活も同じです。
最も重要なのは、「神様が共におられること」です。


② 自分の力に頼らず、神様に近づくこと

ヤコブの手紙は言います。

「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さる。」

私たちは自分の力では生きられません。
神様を喜ばせることもできません。

神様に近づき、清められて初めて、正しく生きることができます。

夫婦関係でも、過去の関係を清算し、互いだけに頼る必要があります。
同じように、私たちは神様だけに頼らなければなりません。

神様の力なしに、真の問題解決はあり得ないのです。


③ 持っているものが何もなくなった時

イエス様は言われました。

「ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。」

私たちは努力や能力で生きているのではありません。
恵みによって生かされています。

しかし、持っているものが多いと、自分の力に頼ってしまいます。
そして神様を無視してしまいます。

反対に、何もなくなったとき、
私たちは心から神様に頼ることができます。

だから、持っていないことは不幸ではありません。
それは 神様に立ち返るチャンス なのです。

フェム集まりも同じです。
礼拝で聞いた神様の言葉に、私たちが応答するための時間です。


Ⅳ.まとめ

今日の御言葉から三つのことを覚えましょう。

第一に、主と共にいることが人間本来の姿です。
第二に、私たちは自分の力で生きる存在ではありません。
第三に、持っているものが何もなくなった時、それは悲しい時ではなく、むしろ嬉しい時です。

なぜなら、その時こそ、神様のもとに立ち返り、神様の働きを見ることができるからです。

苦しみは裁きであると同時に、
神様が私たちを呼び戻すための愛でもあります。

どんな時も主に近づき、 

主と共に歩む一日となりますように。​ 

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