20240807水曜祈祷会
聖書:ルカ7:44-47
題目:愛するためには
讃美:292, 302, 429, 436
説教:高曜翰 副牧師
1.子どもはどのように育つのか
「子どもは親の背中を見て育つ(아이는 부모의 등을 보고 자란다)」という言葉があります。
子どもは、親の良い面も悪い面もすべて見ながら学びます。友だちよりも、まず親から学んだことを通して、生き方を決定しています。子どもが従うのは、親の口から出る言葉ではなく、実際の行動です。また、親自身が気づいていない部分までも見ており、自然に似ていきます。
だからこそ、親の役割は非常に重要です。子どもは言葉よりも、行動から経験的に学びます。親は多く語るよりも、正しい姿を見せることが大切です。そして子どもは、親から受けたことを、そのまま他人にも行うようになります。
たとえば、酒を飲む親の子どもは酒を飲むようになりやすいでしょう。反対に、失敗を赦してもらう経験をした子どもは、他人を赦すことのできる人になります。
2.罪の女の赦し
① 安息日の背景
安息日にはシナゴーグで聖書朗読や説教がなされ、その後に食事会が開かれ、宗教的・道徳的な話を聞く場となっていました。ラビを招待することは非常に名誉なことであり、一般の人も見学でき、貧しい人は残り物を食べることもできました。
② イエスを招待したパリサイ人シモン
イエスはパリサイ人から三度食事に招かれています(ルカ7・11・14章)。どの場合も長い対話があり、論争が起こっています。これはイエスの生涯の特徴を示しています。
シモンはイエスを尊敬していたというより、本当にメシアなのかどうか確かめようとしていました。当時イエスは「大食らい、酒飲み、取税人や罪人の仲間」と評価されていたからです。
③ 罪の女(娼婦)の訪問
本来、傍聴者は食卓から離れて静かに立っているものでした。彼女のような女性が入ることは普通許されません。しかし彼女は涙を流していました。愛するイエスが冷遇されているのを見たからです。
④ 女の非常識とも思える行動
彼女は涙でイエスの足をぬらし、髪の毛で拭き、足に口づけし、香油を塗りました。
当時、女性が公の場で髪をほどくことは大きな恥でした。足に油を塗ることも、極めて謙遜な行為です。しかも香油は彼女の商売道具であり、パリサイ人から見れば忌むべきものでした。
⑤ シモンの心
シモンは心の中で、「この人が預言者なら、こんな女に触れさせないはずだ」と考えていました。罪人に触れれば汚れが移ると信じていたからです。
⑥ イエスの反論
イエスはその心を見抜き、「シモン、あなたに言いたいことがあります」と語られました。イエスは怒っているのではなく、彼の誤った理解を正そうとしておられました。
⑦ 金貸しのたとえ
五百デナリと五十デナリの借金を赦された二人のたとえが語られます。一デナリは一日分の賃金です。どちらがより多く愛するかが問題でした。
シモンは「多く赦された方だと思います」と答えましたが、その答えによって自らを裁くことになりました。
⑧ 女の行動の意味
本来、主人が行うべきもてなし――足を洗う、水を与える、口づけ、油を塗る――それらをシモンはしませんでした。しかし女は、そのすべてを、しかも涙と謙遜をもって行いました。
⑨ イエスの宣言
イエスは女に「あなたの罪は赦されています」と宣言されました。これは彼女がすでに赦されていることの公の宣言であり、共同体の中で新しい人生を歩むための保証でした。
さらにイエスは、いけにえなしに罪の赦しを宣言され、ご自身がメシアであることを示されました。そして「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と語られました。
彼女は行いによってではなく、信仰によって救われたのです。
3.適用:愛するためには
① たくさん赦されよう
「多く赦された者が、多く愛する」のです。
シモンが愛せなかった理由は努力不足や性格の問題ではなく、自分は赦しを必要としないと思い込んでいたことでした。一方、女は自分がすでに大きく赦されていることを知っていたからこそ、深く愛することができました。
② イエスを知ろう
「まだ罪人であった時、キリストが私たちのために死んでくださった」(ローマ5:8)。
私たちの救いは努力や資格によるのではなく、100%神の愛による恵みです。イエスを知れば知るほど、自分がどれほど大きく赦されているかが分かります。
③ たくさん赦そう
「人をさばくな。ゆるしてやれ。」(ルカ6:37)
愛とは赦しです。救われたからこそ、自然に赦し、仕えることができます。奉仕は救いの条件ではなく、恵みに対する応答なのです。
4.斎藤宗次郎の証し
① キリスト教への改宗
曹洞宗の家庭に生まれた愛国者でしたが、内村鑑三との出会いを通して「従うべきは天皇ではなく父なる神である」と知り、洗礼を受けました。しかし迫害を受け、石を投げられ、家族から勘当され、仕事も失いました。娘も学校での暴力によって命を落としました。それでも彼は「御心がなりますように」と祈りました。
② キリスト者としての生活
毎日牛乳と新聞を配りながら伝道し、十メートルごとに祈り、子どもにお菓子を与え、病人を見舞いました。雨の日も風の日も雪の日も続けました。東京に引っ越す日には、二百人以上の人が見送りに来ました。
宮沢賢治は彼の姿に感動し、「雨にも負けず風にも負けず」を書きました。
③ なぜそこまで愛せたのか
努力や性格ではありません。自分がどれほど神に赦され、愛されているかを知っていたからです。
5.まとめ
1.自分がたくさん赦されたことを知ろう。 2.イエスを通して、その赦しの大きさを知ろう。 3.人を赦そう。
愛とは赦すことであり、多く赦された者が多く愛することができるのです。


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