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神様を信じましょう(創世記22:1-5)
고요한 2026-02-10 추천 0 댓글 0 조회 2

 

20240809金曜祈祷会

聖書:創世記22:1-5

題目:神様を信じましょう

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

「これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、『アブラハムよ』。彼は言った、『ここにおります』。神は言われた、『あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい』。アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。そこでアブラハムは若者たちに言った、『あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます』。」


1.レモンとレモネード

レモンは健康に良い食べ物です。ビタミンCやクエン酸が豊富で、新陳代謝を促進し、免疫力を高め、脂肪吸収を抑え、疲労回復や老化予防、血流改善にも効果があります。

しかし問題があります。多くの人はレモンをそのまま食べることができません。酸味が強く、歯のエナメル質を溶かし、胃にも負担がかかるからです。

ではどうすればよいでしょうか。蜂蜜を加えてレモネードにすれば、飲みやすくなり、栄養として取り入れることができます。

信仰生活における試練や誘惑は、このレモンのようなものです。そのままでは苦く、受け入れがたいものです。しかし、そこに神様の御言葉という蜂蜜を加えると、私たちはそれを喜びに変え、霊的な栄養にすることができるのです。


2.アブラハムの最終のテスト

① アブラハムを呼ばれる神様

神様は「イサクを連れてモリヤの地に行き、燔祭としてささげなさい」と命じられました。

この言葉は、まるで悪魔の声のように聞こえます。偶像崇拝では人間をいけにえにすることがありましたが、神様はこれまでそのようなことを求められたことはありませんでした。また、イサクを通して子孫が与えられるという約束が破られてしまうようにも見えます。

それでもアブラハムは、この言葉が神様からのものであると受け取りました。これまでの多くの試練を通して、神様の声を聞き分けることができるようになっていたからです。

② アブラハムの対応

聖書は「朝はやく起きて」と記しています。アブラハムは疑わず、誰かに相談せず、無視せず、遅らせもせず、すぐに準備しました。

ロバに鞍を置き、薪を割り、自ら進んで出かけました。他人任せにせず、ヨナのように逃げることもありませんでした。

心の中は書かれていませんが、この素早い行動は、感情ではなく信仰による行動であったことがわかります。

③ 試練は突然ではない

「これらのことの後」とあります。これは突然の出来事ではなく、これまでの多くの試練の延長線上にある最終段階のテストでした。

アブラハムは生命、富、名声、時間など、あらゆる面で神様に従うことを学んできました。準備されていたからこそ、この最後の試練が与えられたのです。

④ モリヤ山での信仰告白

アブラハムは若者たちに「私たちは帰ってくる」と言いました。「私だけ帰る」とは言いませんでした。

ヘブル11章19節は、彼が神は死人をもよみがえらせることができると信じていたと語っています。当時、復活の前例はありませんでした。それでも彼は神様を信頼していました。

実際に彼は本当にイサクをささげようとしました。言い訳も逃げ道も探しませんでした。神様が約束を必ず成し遂げてくださると確信していたからです。

⑤ このテストの目的

この試練は、何かを放棄させるためのテストでした。私たちと神様の間にあるものは、すべて偶像になり得ます。息子でさえも例外ではありません。アブラハムは神様を第一にし、合格しました。

これは神様が人間を疑ったからではありません。神様はすべてをご存じです。この試練は、アブラハム自身が自分の信仰を確認するためのものでした。

同時に、イサクの信仰も試されました。彼は逃げることもできましたが、従順でした。父の信仰が子に受け継がれていたのです。

私たちにも、このアブラハムの信仰が必要です。


3.適用:試練について知っておくべきこと

① 試練は私たちのために準備されている

第一コリント10章13節は、神様は私たちが耐えられない試練に会わせないと語っています。試練は偶然ではなく、神様の許可のもとに与えられます。悪魔でさえ、神様の許しなしには何もできません。

しかし現実は厳しいものです。祈りとは逆の出来事が起こることもあります。それでも神様は、その試練に意味があると言われます。イエス様の十字架の試練も、神様のご計画の中にありました。

② 試練はキリストの栄光にあずかるため

第一ペテロ4章12−13節は、火のような試練を不思議に思うなと語ります。むしろ、キリストの苦しみにあずかることを喜びなさいと言います。

この世は罪によって壊れています。困難が起こるのは当然です。大切なのは問題の解決ではなく、キリストの栄光が現れることです。試練は偶像を取り除き、私たちをキリストに似た者にするためにあります。

③ 試練を乗り越える秘訣

ローマ8章28節は、すべてのことが益となると約束します。一見悪い出来事のように見えても、最終的には益になります。

試練も誘惑も、神様の御手の中では益に変えられます。どちらかを見極めることよりも、すべてが神様のご計画の中にあると信じることが大切です。

イエス様も、血の汗を流しながら祈り、十字架の苦しみを通られました。しかしその試練は、最終的に神様の栄光となりました。


4.結論

試練は私たちのために与えられたものです。神様のためではありません。

試練はキリストの栄光にあずかるための道です。問題解決そのものが目的ではありません。

そして試練を乗り越える秘訣は、神様は良いお方であると全面的に信頼することです。

レモンに蜂蜜を加えるとレモネードになるように、試練も神様への信頼と御言葉によって喜びに変えられます。

神様を信じて、アブラハムのように試練を乗り越えていきましょう。​ 

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