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弟子作り(マタイ28:18–20)
고요한 2026-02-17 추천 0 댓글 0 조회 20

20240908青年部礼拝

聖書:マタイ28:18–20

題目:弟子作り

賛美:기도로 시작합니다

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

はじめに

イエスが私たちに与えられた大宣教命令の中心は、単に福音を伝えることではありません。
行って弟子を作り、洗礼を授けて弟子を作り、教えて弟子を作ること、それが命令の中心です。

この働きを行うための権威は、聖霊を通して私たちに与えられました。

では、聖霊を受けた私たちは何を目的に生きるべきでしょうか。
それは、この世でイエスを証しする弟子として生き、新しい弟子を生み出していくことです。

自分の権威ではなく、神が与えた権威を立てるとき、私たちは弟子を作る使命を果たし、人生を意味あるものにすることができます。


1.エジプト宣教の例

(1)マルコによる宣教

福音書の著者マルコは、ペテロの弟子でした。パウロと一時不和がありましたが後に和解し、パウロとペテロの殉教後、エジプトに福音を伝えました。

マルコを通して、かつてエジプトはキリスト教国家となった時代がありました。イスラム化したのは641年以降です。

その中でも信仰を守り続けたのがコプト教会の人々でした。コプトとは「ぶら下がった」という意味に由来し、エジプトのクリスチャンを指す言葉となりました。


(2)エジプトという場所

エジプトはイスラム世界の中心です。

  • 最大のイスラム大学アルアズハルには世界中から学生が集まります。

  • 文化的にも22のアラブ諸国の中心です。

  • すべてのアラブ諸国がエジプト訛りのアラビア語を理解できます。


(3)エジプトのクリスチャン

イスラム国家の中心でありながら、現在も約20%がクリスチャンです。1400年にわたり信仰を守り続けてきました。

彼らの背景にはイザヤ19:24の「我が民エジプト」という御言葉があります。

イスラム精神世界の中心から、キリスト教精神を証しする使命を持って生きているのです。実際に出会ったクリスチャンたちは、自尊感と使命感を持って歩んでいました。


2.本文の解説

(1)復活されたイエス

復活されたイエスは弟子たちに、宣教の地であったガリラヤへ行くよう命じられました。

イエスの宣教は主にユダヤ人に向けられていましたが、弟子たちはここから異邦人への宣教を始めることになります。


(2)大宣教命令(The Great Commission)

大宣教命令とは宣教せよという命令です。

  • 開始:聖霊が与えられてから(使徒1:8)

  • 終了:すべての民族に福音が伝えられるまで(マタイ24:14)

  • 異邦人からイスラエルへ福音が戻る時まで(ローマ11:25–26)

  • 対象:救われたすべての者


3.適用

(1)宣教の目標は弟子を作ること

本文には「行く」「弟子を作る」「洗礼を授ける」「教える」という四つの要素があります。

しかし実際の命令動詞は「弟子を作る」一つだけであり、他はその方法を説明する分詞です。

つまり宣教の本質は、単に福音を伝えることでも教会を建てることでもなく、弟子を作ることです。

例として、イエスの弟子ペテロ、ペテロの弟子マルコ、パウロの弟子テモテという流れがあります。


(2)イエスを証しするために行って弟子を作る

使徒1:8には、聖霊を受ける目的が示されています。

聖霊を受けた理由は何でしょうか。

  • 素晴らしい聖徒だからではありません。

  • この世で平安に暮らすためでもありません。

  • 礼拝を捧げるためだけでもありません。

それは弟子を作るためです。

ペンテコステから教会が始まりました。火が燃えているときだけ存在するように、教会は宣教するから存在するのです。

教会は恵みをため込む貯蔵庫ではなく、パイプです。イエスを証しするために流れる存在です。

宣教は自分が行くのではなく、神が遣わす働きです(Missio Dei)。方法に悩むより、神に用いられる器として整えられることが重要です。


(3)洗礼を授けて弟子を作る

洗礼とは、罪を洗い流す儀式ではなく、悔い改めて神に向かって生きる信仰告白です。古い自分が死に、キリストによって新しい人生を生きることを意味します。

伝えるところまでが伝える側の責任であり、受け取るかどうかは受け取る側の責任です。しかし受け取った人には洗礼を授け、新しい人生へ導く助けが必要です。

クリスチャン家庭に生まれた人も、神と人格的に出会う時に人生が変わります。

私たちは自分だけでなく、伝えた相手の人生も変えられるように導くべきです。


(4)教えて弟子を作る

弟子作りには教えが必要です。

  • キリストの律法(神を愛し、隣人を愛すること)を教える。

  • 間違った教えに注意する。

    • モーセ律法だけに縛られる教え

    • 神の国ではなく世の成功ばかりを求める教え

    • 神ではなく人に依存させる教え

また、大宣教命令そのものも教えなければなりません。弟子は新しい弟子を作るためです。

エジプトの宣教師たちは、宣教師の弟子ではなくイエスの弟子を育てています。弟子がさらに弟子を訓練する仕組みがあります。

エジプトの青年たちは、自分たちの感情ではなく信仰によって奉仕しています。忙しくても、気分が乗らなくても、神のために仕える姿を見ました。


(5)宣教のイメージ

宣教は弟子作りのイメージです。

私たちはタンクではなくパイプです。

宣教とは水を配って終わることではなく、水の作り方を教えることです。宣教師が現地で水の作り方を教え、その弟子がさらに水を作れる弟子を育てていきます。

宣教師を支援することは、その材料を与えることでもあります。


4.まとめ

宣教とは何でしょうか。

① イエスを証しするために行って弟子を作ること
 ― 神が与えた権威、聖霊、教会はそのためにある。

② 父・子・聖霊の御名によって洗礼を授けて弟子を作ること
 ― 新しく生まれ変わらせるためである。

③ 命じられたすべてのことを守るように教えて弟子を作ること 

 ― 宣教の使命を持つ弟子を生み出すためである。​ 

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