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十字架の意味(マタイ27:46)
고요한 2026-02-17 추천 0 댓글 0 조회 23

20240915青年部礼拝

聖書:マタイ27:46

題目:十字架の意味

賛美:십자가

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

はじめに

十字架刑とは、国家反逆を企てた重罪人に対して、最も大きな苦痛を最も長く与えるための公開処刑でした。

イエス・キリストは罪がないにもかかわらず、悪魔の策略によって苦しみを受け、十字架につけられることになりました。しかしそれは同時に、罪人を救うための神様の計画でもありました。

イエスは父なる神の計画の中にある人々への愛を知り、罪がないのに十字架を受け入れられました。

人々にとって十字架は無意味なものでしたが、私たちにとってはイエスの苦難、救い、そして神の愛を示す象徴です。

この十字架を知ったとき、私たちは何を選ぶのでしょうか。


1.十字架刑とは何か

(1)最も重い罪

日本の法律では、

  • 外患誘致罪:死刑のみ

  • 内乱罪:死刑または無期懲役

が最も重い罪とされています。


(2)十字架刑の背景

十字架刑はペルシャで始まり、ギリシャでは奴隷の処刑に用いられました。死因は窒息死であり、長く苦しませることができる残酷な刑でした。

キケロはこれを「ローマで最も残酷な処刑方法」と呼びました。ローマ市民には適用されず、国家転覆などの重罪人にのみ行われました。

イエスの罪状は「ユダヤ人の王」であり、これはローマにとって内乱罪にあたるものでした。

本来ユダヤの処刑方法は石打ちでしたが、この年、サンヘドリンには死刑執行の権限がありませんでした。そのため、ローマによる十字架刑へと進められたのです。


2.イエスの裁判の流れ

(1)元大祭司アンナスの尋問

深夜2〜3時ごろ、イエスはアンナスの前に連れて行かれました。アンナスは大きな影響力を持ち続けていた人物です。

イエスは教えについて問われましたが、「わたしが教えた人々に聞きなさい」と答えられました。


(2)大祭司カヤパの裁判

早朝5〜6時ごろ、祭司・長老・律法学者たちが集まり裁判が行われました。

「あなたはキリストか」と問われたイエスは、

「神の右の座に座っているのを見るだろう」

と答えられました。

これを冒涜罪として彼らは死刑を決定しました。


(3)総督ピラトの尋問

ピラトはローマ法によって判断する必要がありました。

「あなたはユダヤ人の王か」という問いは、内乱罪にあたるかどうかを確認するためでした。

しかしピラトはイエスに罪を認めることができませんでした。イエスは「上から与えられなければ、あなたには何の権威もない」と語られました。

ピラトはイエスをヘロデへ送りました。


(4)領主ヘロデ・アンティパスの尋問

ヘロデは奇跡を見たがりましたが、イエスは何も答えられませんでした。

ヘロデと兵士たちはイエスを侮辱し、豪華な服を着せてからピラトのもとへ送り返しました。


(5)再びピラトの裁判

ピラトはイエスを無罪にしたいと考えました。妻の夢もあり、ヘロデも罪を見つけませんでした。

そこでバラバとイエスを並べ、民衆に選ばせました。しかし人々はバラバの釈放とイエスの十字架刑を求めました。

イエスは鞭打たれ、茨の冠と紫の衣を着せられ、十字架へと向かわれました。


(6)十字架刑

イエスは十字架を背負い、手と足に釘を打たれました。

午前9時に十字架にかけられ、ユダヤ人、ローマ兵、そして同じ死刑囚からも罵られました。


(7)イエスの最後

午後3時ごろ、イエスは叫ばれました。

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

これは詩篇22篇の成就でした。

イエスは大声を出して息を引き取られました。つまり、イエスは自ら死の瞬間を選ばれたのです。

そのとき聖殿の幕が裂けました。

私たちが神に受け入れられるために、イエスは神に捨てられたのです。


3.適用 ― 十字架から何を学ぶか

(1)無罪なのに苦しみを受けたイエス

これは悪魔の策略でした。

ユダ、祭司長、長老、パリサイ人、ヘロデが利用され、証人もない夜の裁判が進められました。

ローマ総督も無罪だと知りながら民衆を恐れ、バラバを解放しました。

イエスは、自分が愛し救おうとした民に裏切られて十字架につかれました。


(2)神の愛のために十字架を受け入れたイエス

神の計画は、罪人である人間を愛し、受け入れることでした。

そのために御子イエスが犠牲となられました。

イエスは父の愛を知り、人々を愛したゆえに、罪を負い、死刑を受け入れました。

解放されたバラバは私たちの姿を象徴しています。

  • バラバ=「父の息子」

  • イエス=「主は救い」

形だけの「父の息子」である私たちを自由にするために、真のイエスが有罪となったのです。


(3)十字架を受け入れ、伝えること

本来十字架にかかるべきだったのは私たちです。

しかしイエスは私たちを救うために十字架を選ばれました。

では、あなたはどうしますか。

  • キリストのように神の愛を知り、人々を救うために生きるのか。

  • それともバラバのように、その愛を利用して自分のために生きるのか。

愛とは、受けるだけで終わるものではありません。


結び

十字架は、人にとっては無意味に見えるかもしれません。
しかし私たちにとっては、救い・愛・赦しの象徴です。

イエスの望みは、私たちがこの十字架を受け入れ、一人でも多くの人に伝えることです。​ 

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