20241011金曜祈祷会
聖書:サムエル下5:1-3
題目:神の時を待つダビデ
賛美:주가 일하시네
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文(口語訳)
“イスラエルのすべての部族はヘブロンにいるダビデのもとにきて言った、「われわれは、あなたの骨肉です。 先にサウルがわれわれの王であった時にも、あなたはイスラエルを率いて出入りされました。そして主はあなたに、『あなたはわたしの民イスラエルを牧するであろう。またあなたはイスラエルの君となるであろう』と言われました」。 このようにイスラエルの長老たちが皆、ヘブロンにいる王のもとにきたので、ダビデ王はヘブロンで主の前に彼らと契約を結んだ。そして彼らはダビデに油を注いでイスラエルの王とした。”
序論
サウルの家とダビデの家は長い間争いました。
しかし最後にはサウルの家が滅び、ダビデが王権を手にすることになります。
大切なのは、ダビデが自ら王位を奪いに行ったのではないということです。
神様がすべての部族の心を動かし、彼らが自らダビデのもとに集まるようにされたのです。
神の約束は、神の方法と神の時によって成就します。
私たちも、神様の時を信じて待つ者となりましょう。
1.急ぐのではなく、待つ者が勝利する
① 自然界のハンター
良いハンターとは何でしょうか。
❶ 急いで追いかけるのではなく、待つことができる者です。
❷ 足の速さやスタミナと同じくらい、忍耐力が必要です。
昆虫の世界でも同じです。
アシダカグモ
アシダカグモは、体は2〜3cmですが、足を広げると10cm以上になります。
しかし臆病で、スタミナもあまりありません。
それでも「ゴキブリハンター」「軍曹」という名で親しまれています。
なぜでしょうか。
獲物が出やすい場所に行き、じっと待ち、近づいた瞬間に仕留めるからです。
ゴキブリの多い家では、2〜3匹いればいなくなると言われます。
そしてゴキブリがいなくなれば、このクモもいなくなります。
網も張らず、清潔で、静かに待つ。
→ 待つことができるのは力なのです。
2.サウル家 vs ダビデ家
① ダビデの三度の油注ぎ
❶ 十代の時、預言者サムエルによって油注ぎを受けた。
❷ 30歳の時、サウルの死後、ヘブロンでユダの王となった。
❸ 37歳の時、イスラエル全体の王となった(7年半後)。
注目すべき点は、ダビデがどのようにして王になったかです。
② アブネルの動き
アブネルはサウルの従兄弟で、サウル家の実質的権力者でした。
サウルの息子イシボセテを王に立てました。
しかし両者の間に確執が生まれ、アブネルは離反を決断します。
ダビデに「ミカルとの再婚」を求め、それが受け入れられました。
アブネルは「イスラエル全体があなたを良いと思っている」と言いました。
しかしダビデは、策略で王になったのではありません。
③ ヨアブの暴走
ヨアブはダビデの甥です。
弟アサヘルの敵であるアブネルを殺しました。
ダビデはアブネルの国葬を行い、自分の関与を否定しました。
ヨアブを恐れながらも、神様に任せました。
④ イシボセテの死
イシボセテは部下に殺されました。
その部下たちはダビデに取り入ろうとしましたが、処刑されました。
ダビデはイシボセテを丁寧に葬りました。
⑤ 全イスラエルの王へ
イシボセテの死から5年半後、全イスラエルの長老が集まりました。
最初の油注ぎから20年以上。
ヘブロンでの油注ぎから7年半。
その間、イスラエルを導いていたのはダビデでした。
歴代誌上12章によれば、32万人以上の戦士が集まり、三日間共に食事をしました。
ダビデは奪ったのではなく、神によって与えられたのです。
3.ダビデが王になれた理由
① 神様の時がある
ダビデは神の時を待ちました。
・十代の油注ぎからサウルの死まで10年以上
・ヘブロンでの油注ぎからイシボセテの死まで2年
・その後さらに5年半
もし最初が12歳なら、約25年です。
私たちは待てません。
「すぐに」が当たり前の時代に生きています。
しかし主イエスも言われました。
「わたしの時はまだ来ていない。」
自分の時ではなく、神の時を待たれました。
② 神様の方法がある
ダビデは自分でサウルを殺しませんでした。
アブネルもイシボセテも、自ら手を下しませんでした。
しかし自分がすべきことはしました。
葬るべき人を葬り、誠実に対応しました。
私たちは自分の方法を押し通そうとします。
神様がどう思われるかより、自分が満足するかを優先します。
しかしイエスは言われました。
「父がわたしに下さった杯を飲むべきではないか。」
神の方法に従われました。
③ 準備する者になろう
ダビデは神の時と方法に従いました。
ここに神が彼を愛された理由があります。
問題は、思い通りにいかないことではありません。
「思い通りにいくべきだ」と考える心です。
イエスは十字架の道を祈りで準備されました。
ヨハネ16章で弟子に平安を語り、
ヨハネ17章でご自身も祈られました。
神の時が来るまで、自分を礼拝することを拒まれ、
時が来たときには受け入れられました。
まとめ
① 神様の時がある。神様の方法がある。忍耐をもって準備して待とう。
② 問題は状況ではなく、神様の思いを考えない私たちの心。
③ 忍耐の先に、神様の素晴らしい計画を見ることができる。
急ぐのではなく、待つ者が勝利します。
神の約束は、神の時に、神の方法で、必ず成就します。


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