20241207土曜祈祷会
聖書: 創世記45:4-8
題目:ヨセフ―神の視点で見る
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
アブラハムは「従順」、イサクは「柔和」、ヤコブは「しがみつく」と表すことができます。それでは、ヨセフはどのような人物でしょうか。本日は、ヨセフの生涯を通して「神の視点で見る」ことについて考えます。
1.ヨセフについて
① 背景
ヨセフの人生は、決して順風満帆ではありませんでした。
第一に、彼はおよそ11歳の時に母ラケルを失いました。幼くして母の愛を失うという、大きな悲しみを経験します。
第二に、17歳の時、兄弟たちのねたみによって裏切られ、エジプトへ奴隷として売られました。母の愛だけでなく、家族の愛も十分に受けられない少年時代を過ごしたのです。
第三に、無実でありながら性犯罪の罪を着せられ、投獄されました。そして20代のすべてを牢屋の中で過ごします。
しかし、神の時は確実に進んでいました。30歳でエジプトの総理大臣となり、40歳の時に兄弟たちと再会します。どん底から最高位へと導かれる、劇的な人生でした。
② 解釈
ヨセフの物語は、聖書全体の中でも非常に重要です。イエス様が直接引用された記録はありませんが、『創世記』の約20%を占める大きな分量が割かれています。それほどまでに意味のある物語です。
一見すると、最も低い所から最も高い所へ上り詰めた「シンデレラストーリー」のように見えます。しかし本当に大切なのは、ヨセフが自分の人生をどのように見ていたかという点です。
彼は単なる成功物語の主人公ではありませんでした。彼は自分の人生を神の視点で解釈していたのです。
③ ヨセフの行動
ヨセフは、父ヤコブから特別な衣を与えられていました。それは特別扱いの象徴であり、他の兄弟たちと同じ労働をしていなかったことを示しています。ヒョン牧師の解釈によれば、ヨセフは家で神様の言葉を聞く時間を持っていたのではないかということです。
また、自分を売り飛ばした兄弟たちを、彼は赦しました。普通であれば復讐してもおかしくない立場でした。しかし彼はそうしませんでした。
なぜなら、ヨセフは自分の不幸を嘆くのではなく、神の視点で出来事を解釈していたからです。『創世記』45章で彼は、「あなたがたが私をここに売ったのではなく、神が私をここに遣わされたのです」と告白しています。人の悪意の背後に、神のご計画を見ていたのです。
④ 適用
私たちの人生にも、理解できない出来事が起こります。裏切り、不当な扱い、誤解、病、困難――それらを人間の視点だけで見るなら、嘆きや怒りに支配されてしまいます。
しかし、私たちもヨセフのように、起こる出来事を神の視点で解釈する者となりましょう。
そうするなら、その出来事の意味を見ることができるようになります。すぐには分からないかもしれません。しかし、神の時が来れば、必ず分かる時が訪れます。
ヨセフという人物を一言で表すなら、「神の視点で見る人」と言えるでしょう。


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