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誰の祈りを聞かれるのか(使徒行伝4:23-31)
고요한 2026-02-24 추천 0 댓글 0 조회 12

 

20241219早天祈祷会

聖書:使徒行伝4:23-31
題目:誰の祈りを聞かれるのか

賛美:358361

​説教:高曜翰 副牧師

場所:大阪中央教会


Ⅰ.本文解説

1.心を一つにしてささげられた祈り

ペテロとヨハネは解放されると、仲間のもとへ行き、祭司長や長老たちから言われたことをすべて報告しました。それを聞いた仲間たちは、心を一つにして神に祈りをささげました。

第一に、苦難を仲間と共有できることは、信者に与えられた特権です。迫害や困難を一人で抱えるのではなく、ともに分かち合い、ともに祈ることができるのです。

第二に、彼らは詩篇146篇6節、詩篇2篇1~2節を引用し、しもべとして主人である神に賛美をささげました。一人が読み上げ、他の人々がそれに続いて祈った可能性もあります。彼らの祈りは、まず神が天地万物の創造主であることを認める賛美から始まりました。

第三に、祈りの中で彼らは歴史の出来事を神のご計画の中で理解しました。ヘロデとポンテオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民とともにイエスに逆らいました。しかしそれは、神があらかじめ定めておられたことを行ったにすぎません。ヘロデはユダヤ人の代表、ピラトはローマ人の代表です。ユダヤ人も異邦人も共にイエスに逆らいましたが、それさえも神のご計画の中にあったのです。


2.三つの祈りの願い

彼らは具体的に三つのことを願いました。

第一に、「彼らの脅迫に目を留めてください」と祈りました。現実の脅しや危険を正直に神の前に持ち出したのです。

第二に、「大胆に御言葉を語らせてください」と願いました。迫害がなくなるようにではなく、迫害の中でも福音を語る勇気を求めました。

第三に、「イエスの名によって奇跡を行わせてください」と祈りました。主がみ手を伸ばし、いやしとしるしと奇跡をなしてくださるように願ったのです。


3.祈りへの神の応答

祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動きました。これは、神が彼らの祈りに応答されたしるしです。

さらに、一同は聖霊に満たされました。神は彼らを励まし、力づけてくださいました。そして彼らは大胆に神の言葉を語り始めました。宣教のために、神は必要な力と奇跡の力をも与えてくださるのです。


Ⅱ.適用

1.主人である神様に報告しよう

私たちも主人である神に報告する者となりましょう。

私たちは仕事の結果を妻や友人には報告します。しかし神様にはどうでしょうか。出来事の後に神に報告する祈りをささげることは、神との人格的な交流です。

ただし、それはしもべとして主人に報告する姿勢でなければなりません。自分が中心となって働き、神がそれを助けたのではありません。神が中心の働きをしておられ、私たちはその働きに参加させていただいているのです。


2.神様の働きのための力を求めよう

彼らは迫害が起こらないようには祈りませんでした。また、迫害する者たちへの裁きを求めもしませんでした。

そうではなく、迫害の現実を見つめつつ、自分たちが神の働きを成し遂げることができるように、奇跡の力を与えてくださいと祈りました。

ピラトやヘロデのような人々も、本来は神と出会い、救われるべき人々です。私たちは人を裁くのではなく、神の救いのご計画が進むことを願うべきです。


3.神様は必ず祈りを聞かれる

神は一度力を与えて終わりではありません。私たちが神の栄光のために働くとき、必要な力をその都度与えてくださいます。

ルカは、ペテロとヨハネが知らなかったサンヘドリンの会話までも記録しました。福音書や使徒行伝を書くための情報においても、神が導いてくださったのです。

では、なぜ祈りが聞かれないことがあるのでしょうか。
ヤコブの手紙4章6節に「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とあります。祈りが聞かれないのは、私たちが高慢だからです。神があえて祈りを聞かれないことがあるのは、私たちをへりくだらせるためです。

新しい信者の祈りが聞かれ、長年の信者の祈りが聞かれないことがあるのはなぜでしょうか。本来ベテラン信者は神の栄光を求めるべきですが、そうなっていないことがあるからです。まるで小学生のように自分勝手な願いをする大人のようです。

新しい信徒に奇跡を見せるのは、神が生きておられることを教えるためです。ベテラン信徒に奇跡を見せるのは、神の働きを担わせるためなのです。


Ⅲ.まとめ

では、どのような人の祈りを神は聞かれるのでしょうか。

第一に、神を主人として人格的に交流する人の祈りです。
第二に、神の働きをするために祈る人の祈りです。
第三に、自分の栄光ではなく神の栄光を求める人の祈りです。

神との人格的な主従関係を大切にし、自分の栄光ではなく神の栄光を求める祈りをささげる者となりましょう。​ 

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