20241218早天祈祷会
聖書:使徒行伝4:13–22
題目:正しい知恵と真実
賛美:386、436
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① サンヘドリンは驚き、反論できなかった
❶ これまでの流れの確認
ペテロとヨハネは神殿で足なえの人を癒し、人々に説教していましたが、その途中で逮捕されました。翌朝、20人以上が出席する正式な法廷で裁かれました。そこで彼らは、癒したのは自分たちではなく、イエス・キリストであると大胆に宣言しました。
❷ 無学なはずの二人
議員たちは、ペテロとヨハネが大胆に語るのを見て驚きました。
彼らはガリラヤなまりの田舎者であり、「無学」と思われていたからです。ここでいう無学とは、ラビの正式な教育を受けていないという意味です。
それにもかかわらず、大勢の専門家たちの前で堂々と語っている姿は、まるで有名な学者たちの前で堂々と解説する大学生のようでした。彼らは理解できず、不思議に思いました。
❸ イエスと共にいた者であることを認めた
ヨハネは大祭司アンナスと顔見知りで、イエスの裁判の場に入ったことがありました(ヨハネ18:16)。ペテロも中庭で人々に目撃されていました。
しかし、ここでの本質は、彼らの姿を通してイエスの姿を思い出したということです。無学でありながら真理を語る姿が、主イエスと重なったのです。
② 協議の結果、脅して解放することに
❶ 有罪にできない理由
彼らは癒しという善行を行いました。しかもその奇跡はすでにエルサレム全体に広まり、否定することも隠すこともできませんでした。もし否定すれば、かえって自分たちが非難される状況でした。
❷ 脅迫という選択
そこで議員たちは、「この名(イエス)によって語ってはならない」と警告することにしました。復活の問題には触れず、共通の敵であるイエスの名に焦点を当てました。脅せば沈黙すると考えたのです。
❸ 完全な沈黙命令
彼らは、イエスの名によって語ることも教えることも一切禁じました。
個人的な会話でも、公の場でも語ってはならないという命令でした。
③ ペテロとヨハネの反応
❶ 神に従うか、人に従うか
二人は言いました。
「神に聞き従うのと、人に聞き従うのと、どちらが神の前に正しいのか判断してください。」
彼らは人よりも神を優先しました。イエスの裁判の時には何も言えなかった二人が、今は聖霊に満たされ、命の危険を顧みず語っています。
❷ 処罰できない議会
奇跡は事実であり、人々は神を賛美していました。癒された男も有名な人物でした。この出来事をなかったことにすることはできませんでした。議員たちはさらに脅すことしかできず、結局は釈放するしかありませんでした。
2.適用
① 正しい知恵は神から来る
主イエスは言われました。
「わたしの教えは、わたし自身のものではなく、わたしを遣わされた方のものである。」
神殿で教えるイエスに対し、「学問をしていないのにどうして律法に詳しいのか」と問われたとき、主は神から来る教えであると答えられました。
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イエスは聖霊によって語られました。
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弟子たちも聖霊によって語りました。
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私たちも聖霊によって語らなければなりません。
もちろん、弟子たちがイエスから学んだように、私たちも学ぶ必要があります。しかし、神以外から来る知恵に頼るなら、サンヘドリンの人々のようになってしまいます。
② 正しい知恵は神の栄光を求め、真実を語る
「自分から出たことを語る者は自分の栄光を求めるが、遣わされた方の栄光を求める者は真実である。」
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自分の知恵で話すなら、自分の栄光のためとなり、偽りになります。
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神の知恵で語るなら、神の栄光のためとなり、真実となります。
弟子たちは神の知恵によって神の栄光を現しました。この世の知恵者たちは反論できませんでした。
たとえ良い大学や良い会社に入っても、神との関係がなければ真実にはなりません。新興宗教の開祖たちは知恵を持っているように見えても、自分の栄光を求めるため、やがて偽りに陥ります。
イエスに似るとき、私たちは真実を語る者となります。
③ 真実を求めている人々がいる
イエスを殺そうとする者たちがいた一方で、多くの人々がイエスを信じました。
同じように、サンヘドリンは脅しましたが、癒しを見た約5000人が信じました。
神の栄光を求め、真実に生きる人は、多くの人々に良い影響を与えます。たとえ自分に不利であっても、正直に生きることが大切です。
3.まとめ
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正しい知恵は神から来ます。
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正しい知恵は神の栄光を求め、真実を語ります。
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真実を求めている人々がいます。
困難に直面するとき、小さな嘘が助けになるように見えることがあります。しかし、嘘は私たちを救うことはできません。
イエスに似て真実を語るとき、真実を求めている多くの人々が救われます。


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