20241226早天祈祷会
聖書:使徒行伝5:12-16
題目:広まる癒しの奇跡
賛美:449、450
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
奇跡を見るために何をすべきか
Ⅰ.本文解説
① 使徒たちによって行われた多くのしるし
使徒たちの手を通して、多くのしるしと奇跡が民衆の中で行われました。信じる人々は皆、心を一つにしてソロモンの廊に集まっていました。
これは、使徒4章30節で彼らが「イエスの御名によって、しるしと奇跡を行わせてください」と祈った結果でもあります。その祈りの直後に起こったのが、アナニヤとサッピラの死という衝撃的な出来事でした。
その出来事によって教会から罪が取り除かれ、聖さが保たれました。その結果、ペテロだけでなく、他の使徒たちを通しても奇跡が行われるようになったのです。
奇跡は隠れた場所ではなく、公の場である神殿で行われました。特に、以前足なえが癒された場所に人々が集まっていたと考えられます。
② 交わりに入らない者と、加わる者
「ほかの者たちは、だれひとりその交わりに入ろうとはしなかったが、民衆は彼らを尊敬していた」とあります。しかし一方で、主を信じて加わる男女はますます増えていきました。
軽々しく信仰告白をすべきではないと考え、交わりに加わらない人々もいました。しかし彼らも使徒たちを尊敬していました。
同じ出来事を見ても、人によって反応は異なります。ある人にはつまずきとなり、ある人には救いとなります。
私たちは「未信者がつまずくかもしれない」と考えて伝道をやめてしまうことがあります。しかし、つまずきのように見える出来事を通して信じる人もいるのです。
③ ペテロの影にまで期待する人々
人々は病人を大通りに運び出し、寝台や寝床に置き、ペテロが通るとき、その影でも触れれば癒されるのではないかと期待しました。
古代世界では、影に特別な力があると考える迷信的な発想がありました。ペテロに特別な魔術的力があると考えた人々もいたでしょう。
しかし、力があるのはペテロ自身ではありません。主の御名をあかしするために、神様が力を与えておられたのです。
エルサレムだけでなく、その周辺の町々からも多くの人々が集まりました。そして、病人も汚れた霊に苦しめられていた人々も、皆癒されました。癒しの奇跡は広がり、多くの場所で知られるようになったのです。
Ⅱ.適用
① 主に願い、罪を取り除き、奇跡の力を求めよう
私たちは主に願い、罪を取り除き、奇跡の力を求めるべきです。もちろん、それが与えられるかどうかは主のご判断によります。
しかし、最初から「無理だ」と自分であきらめる必要はありません。必要であれば、主は与えてくださいます。
その目的は、自分を現すためではなく、神様の栄光を現すためです。現代においても、主が望まれるなら奇跡は起こります。
② 伝道の働きの中で現れる奇跡
私たちは御言葉を伝えることを、自分の判断で遠慮してはなりません。種が必要な場所にまかれるなら、神様が成長させてくださいます。
私たちの働きによって、つまずく人が現れることは避けられません。なぜなら、悪魔の働きは今も続いているからです。
それでも私たちは、恐れず、恥じることなく、大胆に神様の奉仕をしていきましょう。奇跡の力は、神様の働きを進めるために与えられるのです。
③ 奇跡の目的は主の栄光
ペテロの周りには、主を信じる人々が増えた一方で、奇跡を利用したいと考える人々も集まりました。
迷信的な期待を持つ人々も癒されました。しかし、そこで「自分に力がある」と勘違いしてはなりません。
奇跡は自分を表すためではありません。神様を表すために与えられるのです。
Ⅲ.まとめ
① 主に願い、罪を取り除き、奇跡の力を求めましょう。
② 私たちの伝道の働きの中で、奇跡の力は与えられます。
③ その目的はあくまで主の栄光のためです。自分を表そうとしてはなりません。
今日一日も、自分のためではなく、主の栄光のために歩みましょう。罪を取り除き、福音を宣べ伝えるための力を主に求めましょう。


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