20241227早天祈祷会
聖書:使徒行伝5:17-24
題目:嫉妬vs使命
賛美:216、214
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① 嫉妬に満たされたサドカイ派(17–18節)
大祭司とその仲間、すなわちサドカイ派の人々は、皆「妬み」に満たされて立ち上がり、使徒たちを捕えて留置所に入れました。
❶ 大祭司と仲間たち
当時の大祭司はアンナス、またはカヤパであったと考えられます。彼らはサドカイ派に属し、祭司階級や貴族層を中心とする宗教的指導者たちでした。
❷ 妬みに燃えて立ち上がる
前回(使徒4章)は、彼らが復活を信じていなかったため、イエスの復活メッセージに反発しました。しかし今回は、宗教的リーダーとしての自分たちの立場が脅かされていることに対する反発でした。
使徒たちが聖霊に満たされていたのに対し、サドカイ派は妬みに満たされていました。
❸ 妬みの本質
妬みは人を殺すほど強い感情です。カインとアベルの出来事がその例です。
妬みは、自分と同等かそれ以下だと思っていた人が成功するときに生じます。しかし彼らにできたことは、使徒たちを留置所に入れることだけでした。
前回はペテロとヨハネだけでしたが、今回は十二使徒全員が捕えられました。
② 使命に従う使徒たち(19–21節)
夜、主の使いが獄の戸を開き、使徒たちを連れ出して言いました。
「宮に行き、この命の言葉をすべて民に語りなさい。」
❶ 使徒たちは天使の言葉に従い、神殿に戻って再び福音を語り始めました。
❷ その時刻は朝で、午前9時の祈りのために多くの人々が神殿に集まっていました。
❸ サドカイ派は使徒たちを辱めようとしましたが、結果として自分たちが辱められることになりました。
③ 動揺する宗教指導者たち(21–24節)
大祭司たちは議会と長老を招集し、使徒たちを連れて来るよう命じました。
❶ 議会を開くために、パリサイ派の議員たちも呼び集め、正式な裁判をしようとしました。
❷ しかし、牢屋には番人がおり、鍵もかかっていたにもかかわらず、中には誰もいませんでした。
❸ 彼らは「人が消えた」ことよりも、「自分たちの地位を脅かす使徒の働きが拡大すること」を恐れていました。
妬みは、目を曇らせ、物事の本質を見えなくさせます。
2.適用
① 嫉妬は人を辱め、使命は人を大胆にする
サドカイ派は妬みに支配され、復活の真理よりも怒りに突き動かされました。一方、使徒たちは使命に生き、大胆に神の言葉を語りました。
妬みは、人を辱め、攻撃することばかり考えさせます。
しかし使命は、牢屋に入れられても、天使に助けられても動じません。
私たちは何を考えていますか。
恥ずかしさや怒りから誰かを攻撃したいと思っていますか。それとも大胆に神の働きをしていますか。
② 嫉妬は視野を狭め、使命は世界を広げる
サドカイ派は妬みのため、逮捕という対策しか思いつきませんでした。
しかし使徒たちは使命のために働き、天使の助けを得ました。
妬みは自分の保身ばかりを考え、奇跡的な神の御業に目を向けません。
使命に生きる者には、同じ志を持つ助け手が備えられます。
私たちは何を見ていますか。
自分のことだけを見ていますか。それとも周囲を見渡す余裕がありますか。
③ 嫉妬をなくすために、自分にあるものを見る
サドカイ派は、地位、名声、財産を持っていました。
使徒たちが持っていたのは、ただ福音だけでした。
しかし使徒たちは、地位や名声を求めず、使命を果たすことを願いました。
私たちも、自分にないものではなく、すでに与えられているものを見ましょう。
持っているもので満足することが大切です。
「金銭を愛することをしないで、自分の持っているもので満足しなさい。主は、『わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない』と言われた。」
(ヘブル13:5)
この世のものを渇望する者ではなく、与えられている恵みに満足する者を、主は助けてくださいます。
嫉妬に満たされるのか。使命に生きるのか。
私たちはどちらを選びますか。


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