20250311早天祈祷会
聖書:使徒行伝8:1-4
題目:サウロによる大迫害の始まり
賛美:320、325
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① サウロの台頭
サウロは、ステパノが殺されることに賛成していました。
「賛成していた」と訳されている言葉(スンヨドケオ)には、「共にすることを喜ぶ」という意味があります。単なる同意ではなく、積極的に喜んで関わっていたということです。また、人々が石を投げる際に上着をサウロの足もとに置いたことは、その行為に彼が賛成し、責任を共有していたことを示しています。
サウロは激しくクリスチャンを攻撃しました。それは、かつて師であったガマリエルの慎重な助言を無視する行為でもありました。
その結果、エルサレムに大迫害が起こり、使徒たち以外の信徒はユダヤとサマリヤの地方へ散らされていきました。教会は一気に離散状態となったのです。
② ステパノの埋葬
信仰深い人々が、ステパノを葬り、彼のために非常に悲しみました。
石打ちの刑で処刑された者を葬ることは、当時きわめて危険な行為でした。迫害者たちから同類と見なされる可能性があったからです。
それでも、ステパノの証しと語った御言葉に心を打たれた人々は、危険を恐れず、彼を丁寧に葬りました。そこには、神の家族としての深い愛と尊敬がありました。
③ 教会を荒らすサウロ
サウロは教会を徹底的に荒らしました。会堂や家々で礼拝している人々を襲い、男だけでなく女までも引きずり出して牢に入れました。
その結果、聖徒たちは会堂に行くことができなくなり、ユダヤ人共同体から事実上分離されるようになりました。
しかし、散らされた人々は沈黙しませんでした。彼らは御言葉を宣べ伝えながら巡り歩きました。迫害は教会の敗北ではなく、むしろ福音拡大のきっかけとなったのです。
伝道の対象も広がりました。これまで主にユダヤ人に向けられていた福音は、サマリヤへ、さらに異邦人へと拡大していきます。ユダヤ人が嫌っていたサマリヤにさえ、福音は届けられました。神のご計画は、人間の対立や偏見を越えて進んでいったのです。
2.適用
① 神の家族を大切にしよう
ステパノの殉教をきっかけに大迫害が始まりました。しかし聖徒たちは恐れに支配されず、堂々と、そして丁寧にステパノを葬り、深く悲しみました。
私たちもまた、困難な時代にあっても神の家族を大切にする者でありたいと思います。状況が厳しくなっても、聖徒への愛と尊敬を失ってはなりません。
② 散らされることは宣教の始まりである
迫害によって集まることが難しくなりました。しかしそれが宣教を促しました。
教会は「集まる場所」であると同時に、「散らされる存在」でもあります。神は時に、私たちを望まない形で動かされます。しかしそこには、神の時と神の方法があります。
自分の計画やタイミングではなくても、それは神の宣教計画の中にあるのです。
③ 大変な時こそ御言葉を伝えよ
ステパノの殉教後、大迫害が起こりましたが、クリスチャンたちは信仰を捨てませんでした。
主はこう言われます。
「喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
― マタイによる福音書 5章12節
迫害された者には、天での大きな報いがあります。
迫害の中で御言葉を伝えるとき、私たちは大きな神の御業を見ることができます。それは自分の方法やタイミングではないかもしれません。しかし神にとっては最善の機会なのです。
かつて教会を荒らしたサウロが、後にキリスト者となり、パウロとして用いられました。同じように、私たちも神の働きを信じましょう。
大阪中央教会を通して、人生が変えられる人々を見ることができると信じたいと思います。
3.まとめ
迫害のゆえに神様から離れてはなりません。
迫害が起きるときこそ、神様はご自分の方法で働かれます。私たちはその御業を見ることができます。
迫害の中にあっても、天に大きな報いがあることを信じましょう。そして、散らされる中でも御言葉を伝え続ける教会であり続けましょう。
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