20250312早天祈祷会
聖書:使徒行伝8:5-13
題目:ピリポのサマリヤ人伝道
賛美:302、310
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① ピリポのサマリヤ伝道と奇跡
ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えました。
ここに登場するピリポは使徒ピリポではありません。使徒たちはエルサレムにとどまっていました。このピリポは、ステパノと同じく、選ばれた七人の執事の一人です。彼はギリシャ語圏のユダヤ人であり、ヘブル語圏のユダヤ人よりも比較的開かれた視野を持っていました。
彼を通して多くの奇跡が起こりました。それは単なる奇跡ではなく、キリストを伝えるために必要なものでした。悪霊が追い出され、中風の者や足のきかない者が癒やされました。その結果、町には大きな喜びが起こり、人々はこぞってピリポの語る言葉に耳を傾けました。
彼らは癒やしを受けて終わるのではなく、御言葉を聞こうとしました。奇跡は目的ではなく、福音へと導く手段であったのです。
② 魔術師シモンの姿
その町には、以前からシモンという魔術師がいました。彼は魔術によって人々を驚かせ、自分を「偉大な者」と称していました。人々もまた、彼を「大能と呼ばれる神の力」とまで言って称賛していました。
シモンの目的は、自分を高め、人々から賞賛を受けることでした。自分に関心を集めることが、彼の喜びであり、幸せでした。
しかしピリポの登場によって、人々の関心はシモンから離れ、キリストへと向けられていきます。多くの人がイエスを信じ、バプテスマを受けました。
シモン自身も信じてバプテスマを受け、ピリポについて行きました。しかし彼の関心はイエス・キリストそのものではなく、ピリポに現れている力と奇跡でした。他の人々とは違い、彼はキリストよりも「力」に心を奪われていたのです。
2.適用
① 神は必要な時に、必要な人を、必要な場所へ送られる
ピリポは危険な使命のために備えられていました。
当時、サマリヤ人にとってユダヤ人のメシアを信じることは裏切り行為と見なされました。また、ユダヤ人にとってサマリヤ人も救われると教えることは受け入れがたいことでした。ピリポはステパノと同じように、命の危険を伴う働きをしていたのです。
彼はヘブル語圏のユダヤ人よりも偏見が少なく、ギリシャ語圏のユダヤ人として選ばれましたが、その働きは単なる執事の役割を超え、宣教へと広がりました。さらに彼には、癒やす力が与えられていました。
神は必要な時に、必要な賜物を備えた人を、必要な場所へと遣わされます。
② 私たちの能力は伝道のためにある
ピリポは自分に関心を集めるためではなく、イエス・キリストに関心を向けさせるために力を用いました。
一方、シモンは自分に関心を集めるために力を使いました。ここに大きな違いがあります。
私たちに与えられている能力、賜物、環境、財産は、自分が豊かに暮らすためだけのものではありません。福音を伝えるために与えられているのです。
人々の注目を集める生き方ではなく、キリストに注目が集まる生き方へと変えられていきましょう。
③ 聖霊の力は境界線(경계선)を越えさせる
主はこう約束されました。
「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。」
― 使徒行伝 1章8節
ステパノを通してエルサレムからユダヤ人への伝道が広がりました。
ピリポを通してサマリヤ人への伝道が広がりました。
やがてペテロを通して異邦人への伝道が広がっていきます。
聖霊の力は境界線(경계선)を越えさせます。
ピリポは、当時深い対立のあったユダヤ人とサマリヤ人の境界線を越えました。
また、ピリポの働きによって、人々はシモンの魔術に騙されていたことに気づきました。福音は、人が自分では越えられない線を越えさせ、真理へと導く力を持っています。
3.まとめ
私たちに与えられた力は、自分に集中させるためではなく、イエス・キリストに集中させるためのものです。
そのように力を用いるとき、私たち自身も、そして周囲の人々も、境界線(경계선)を越えて真理に到達することができます。
ピリポのように、自分を表すのではなく、キリストを表すために力を用いる者となりましょう。


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