20250313早天祈祷会
聖書:使徒行伝8:14-25
題目:魔術師シモンの人生
賛美:250、259
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① ペテロとヨハネがサマリヤに来て聖霊を授ける
サマリヤの人々が神の言葉を受け入れたという知らせが、エルサレムにいる使徒たちのもとに届きました。噂が広まったのか、あるいはピリポが要請したのかは分かりませんが、この出来事はエルサレム教会にとって重要な出来事でした。
そこで、エルサレム教会はペテロとヨハネをサマリヤへ遣わしました。目的は、すでにバプテスマを受けていた人々が聖霊を受けるためでした。
二人はサマリヤに下り、彼らに按手すると、聖霊が下りました。かつてヨハネは、サマリヤの村に対して「天から火を降らせましょうか」と言った人物でした。しかし今、そのヨハネがサマリヤ人の上に手を置き、祝福のために用いられています。神は人を変え、用いてくださるお方です。
② 魔術師シモンの誤った願い
魔術師シモンは、使徒たちの按手によって聖霊が与えられるのを見て、その力を金で買おうとしました。
彼は何を見たのでしょうか。火が下るのを見たのでしょうか。異言で語る姿を見たのでしょうか。詳しくは記されていませんが、目に見える明確な現れがあったことは確かです。
しかしシモンの動機は純粋ではありませんでした。彼は再び人々から賞賛を受けるために、その力を求めました。イエス・キリストを信じ、バプテスマを受けたにもかかわらず、なお自分のために生きていたのです。
本来、バプテスマとは、古い自分が死に、キリストのために生きる決断を表すものです。しかしシモンは、過去の自分を手放していませんでした。
③ ペテロの叱責とシモンの応答
ペテロは彼を厳しく叱りました。「あなたの金は、あなたと共に滅びるがよい」と。神の賜物をお金で手に入れようとしたからです。そして、悔い改めて主に祈るよう勧めました。
しかしシモンの応答は、「私にそのようなことが起こらないように、主に祈ってください」というものでした。彼は罪そのものを悲しんだのではなく、罪の結果だけを恐れていました。また、自分で主に祈るのではなく、人に依存しています。彼の関心は最後まで神ではなく、自分自身でした。
その後、ペテロとヨハネはサマリヤの多くの村で福音を伝えながら、エルサレムへ帰って行きました。サマリヤ伝道はさらに広がっていったのです。
2.適用
① 自分の人生のために神を利用する人は滅びる
シモンは、自分の名誉のためにバプテスマを受け、聖霊の力を求めました。彼は神を愛していたのではなく、神が与える力や祝福だけを求めていました。
彼は罪を悔い改めたのではなく、罪の結果だけを恐れました。神の心を気にするのではなく、自分に降りかかる被害だけを心配していたのです。
これはなぜ問題なのでしょうか。
財産目当てで結婚することは、正しい結婚でしょうか。
叱られることを恐れて優しくするのは、本当の愛でしょうか。
動機が間違っていれば、関係そのものが歪んでしまいます。
② 世の声を求めることをやめよう
人と比較すると、自分に足りないものが見えてきて、不満が生まれます。良い成績、良い大学、良い会社でなければ生きていけないと思わされます。
世の人々はシモンのように、自分の利益のために神を利用しようとします。しかしその道の先には滅びがあります。
自分の幸せのために高収入の夫を選ぶこと。
自分の見栄のために美人の妻を選ぶこと。
世の価値観に従うとき、私たちは知らず知らずのうちにシモンの道を歩んでしまいます。
③ 神の言葉を求めよう
主イエスはこう言われました。
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ。」
― マタイによる福音書 22章37節
シモンは神を愛することができませんでした。神の思いではなく、自分の思いだけを考えていました。愛していないから、神を知ろうとも思わなかったのです。
愛すると、相手に関心を持ちます。そして関心を持つことで、さらに愛が深まります。
世のものを愛してはいけません。世は私たちを本当に愛してはいません。しかし聖書は、神こそが私たちを最も愛しておられると教えています。
私たちは日々、神の思いがどこにあるのかを考える必要があります。
妻の思いを無視するなら、愛しているとは言えません。
完全に理解できなくても、相手の心に関心を持つことが愛なのです。
3.まとめ
魔術師シモンのように、自分のために神を利用する人生を送るのではなく、神を愛し、神の思いを求める人生を送りましょう。
真の平安は、そこにあります。
今日一日も、神の思いを探しながら歩む者となりましょう。


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