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経験させる神様(使徒行伝9:32-43)
고요한 2026-03-06 추천 0 댓글 0 조회 53

 

20250325早天祈祷会

聖書: 使徒行伝9:32-43
題目: 経験させる神様
賛美: 386、370

説教:高曜翰 副牧師

場所:大阪中央教会

 

ステパノ → ピリポ → サウル → ペテロという流れの中で、福音はさらに広がっていきました。


1.本文解説

① ペテロのルダでの伝道

ペテロは各地を巡回していましたが、ルダに住む聖徒たちのところにも行きました。

ルダはエルサレムから北西約40kmの場所にある町で、ロッドとも呼ばれています。多くの異邦人が住んでいましたが、そこにはユダヤ人の共同体もありました。なお1972年には、ここにあるロッド空港で日本赤軍によるテロ事件が起きた場所としても知られています(ロッド空港乱射事件)。

その町でペテロは、8年間中風で寝たきりになっていたアイネヤという人に出会いました。

ペテロは彼に言いました。
「アイネヤよ、イエス・キリストがあなたを癒してくださる。立ち上がりなさい。自分で床を整えなさい。」

するとアイネヤはすぐに立ち上がりました。
この出来事を見たルダとサロンに住む人々は、主イエスを信じるようになりました。


② ヨッパの女弟子タビタ

次に舞台はヨッパの町に移ります。

ヨッパはルダから北西約18kmの、地中海に面した港町です。ここは以前にピリポの伝道が行われ、その実が結ばれていた場所でもありました。

この町にはタビタという女弟子がいました。ギリシャ語ではドルカスと呼ばれ、「かもしか」という意味の名前です。

彼女は善行と施しで非常に有名な人物でした。
しかしその頃、病気になって亡くなってしまいました。人々は彼女の体を洗い、屋上の部屋に安置しました。

ヨッパはルダに近かったため、弟子たちはペテロがルダにいることを聞き、二人の人を送り、「どうかすぐ来てください」と頼みました。すでに埋葬の準備も整っていた状態でした。


③ タビタの復活

ペテロはヨッパに向かいました。

彼が到着すると、多くのやもめたちが泣きながら彼のもとに集まりました。そしてタビタが生前作った下着や上着を見せました。タビタがどれほど人々を助けていたかを示していたのです。

ペテロは人々をすべて外に出し、ひざまずいて祈りました。
そして遺体の方を向いて言いました。

「タビタよ、起きなさい。」

するとタビタは目を開け、ペテロを見て起き上がりました。
ペテロは彼女の手を取って立たせ、聖徒たちややもめたちを呼び入れ、生き返ったタビタを見せました。

この出来事はヨッパ中に知れ渡り、多くの人が主を信じました。

その後ペテロは、ヨッパにある皮なめし職人シモンの家にしばらく滞在しました。皮なめしの仕事とは、動物の皮を薬品で処理して柔らかくし、腐らないようにする仕事です。

この仕事は悪臭を伴うため、当時のユダヤ社会では非常に汚れた職業と見なされていました。娼婦、糞尿収集人、ロバ使いなどと同じように社会的に低く見られる職業でした。

宗教的に厳格なユダヤ人ならば普通は近づかないような場所に、ペテロは滞在していたのです。


2.適用

① 神様は伝道のために経験させる

神様は、伝道に必要な経験を私たちに与えられます。

ペテロはイエスが人を癒す場面を何度も見ていました。
そしてここで、自分自身も同じような働きを経験しました。

ルダでは中風の人を立ち上がらせ、
ヨッパでは死人を生き返らせました。

これらはすべてイエスが行ったことと同じです。

「起きて、寝床をたたみなさい」
「タリタ、クミ」

このような奇跡の力は、使徒たちの名声のためではなく、伝道のために与えられました。イエスは奇跡によって人々を癒し、その結果として人々が信じるようになりました。弟子たちはそれを見て学び、同じ働きをするようになったのです。

私たちの人生の経験もまた、すべて伝道のために用いられます。
神様は、私たちがまったく経験したことのない無謀なことを突然命じる方ではありません。経験を通して備えさせてくださいます。


② 信仰は行動に現れる

当時のユダヤ人の社会では、裕福な人は神様の祝福を受けるほど良い行いをした人だと考えられていました。反対に、貧しい人は神様から罰を受けるほど悪い行いをした人だと考えられていました。

しかし実際は必ずしもそうではありません。

タビタが死んだのは、信仰がなかったからではありません。
またヨッパの聖徒たちが彼女を生き返らせることができなかったのも、信仰がなかったからではありません。

むしろタビタは信仰があったからこそ、やもめたちのために多くの善い行いを続けていました。
そしてヨッパの聖徒たちも、信仰があったからこそペテロを呼びに行ったのです。

信仰の有無は、奇跡の力によって測られるものではありません。
それはその人の行動に現れます。

多く祈ったから願いが叶う、信仰が強いから奇跡が起きる、というものではありません。力は神様が必要に応じて与えるものです。

ですから、自分の信仰を見つめるときには、奇跡ではなく行動を見なければなりません。


③ 今置かれている環境で主の導きを考える

ペテロは皮なめし職人シモンの家に泊まりました。

そこは臭いのする、社会的に汚れていると考えられていた人の家でした。ペテロの伝道の成果を考えるなら、もっと立派な家に泊まるべきだと思われるかもしれません。

しかしそこには神様の計画がありました。
それはこれから始まる異邦人伝道の準備だったのです。

イエスはこう言われました。

「口から入るものではなく、心から出るものが人を汚す。」(マタイによる福音書15:18)

イエスはその後、カナン人の女性を癒しました。
当時のユダヤ人の感覚では、関わるべきではない異邦人の女性でした。

しかしイエスはその人に出会い、癒しました。

私たちの人生にも、将来「受け入れたくない」と感じる出来事が起こるかもしれません。そのとき、ただ拒否するのではなく、神様の導きを考える必要があります。

人の視線や自分の経験に縛られるのではなく、神様の御言葉を求めましょう。そして御言葉によって清められた心から、良い行動をしていきましょう。


3.まとめ

① 神様は私たちに必要な経験をさせてくださる。
経験することを大切にしましょう。

② 信仰は行動に現れる。
力を求めるのではなく、行動しましょう。

③ 今置かれている状況の中で主の導きを考えよう。 

経験を大切にしながら、主の導きを求めて行動していきましょう。​ 

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