20250410早天祈祷会
聖書:使徒11:27-30
題目:エルサレム教会を助けるアンテオケ教会
賛美:515、516
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① エルサレムから預言者たちが来た
そのころ、エルサレムから預言者たちがアンテオケに下って来た。
この時代の預言者は、旧約時代のように直接神の言葉を聞く存在というよりも、聖霊の賜物として未来についての啓示を受け、それを教会に伝える働きを担っていた人々であった。彼らは各地の教会を巡りながらメッセージを語り、使徒たちと同様に教会の基礎を築くために神によって用いられていた。
エルサレムから来たという事実は、エルサレム教会がアンテオケ教会を認めていたことを意味している。カイサリヤでの異邦人伝道の際にはペテロの弁明が必要であったが、アンテオケの場合はバルナバの働きによって、より円滑に関係が築かれていた。
その中の一人、アガボという預言者が立ち上がり、聖霊によって世界中に大きな飢饉が起こると預言した。そして実際にその預言は、クラウデオ帝(AD44−54)の時代に成就した。歴史家ヨセフスも、この時期に何度か飢饉が起こったことを記している。
② アンテオケ教会の自発的な支援
この預言を受けて、アンテオケの弟子たちは、ユダヤに住む兄弟たちを助けるために行動を起こした。
彼らは飢饉が実際に起こる前から準備を始めた。これは預言者の言葉を疑わず、神の言葉として受け止めたことを示している。また、約500kmも離れたユダヤの教会のために動いたことからも、彼らの愛と信仰の広がりがわかる。
さらに、それぞれが自分の力に応じて献げ物を用意した。ここには強制ではなく、自発的な愛の心があった。異邦人信者や、エルサレムを訪れたことのない信者たちも含めて、同じ「兄弟」として助けようとしたのである。
③ 献金の送付と教会の成熟
アンテオケ教会は集めた援助を、バルナバとサウロに託してエルサレム教会へ送った。
この出来事は、ヤコブの死やペテロの投獄、ヘロデ・アグリッパ王の死の後の時期と考えられ、献金はある程度の時間をかけて集められた可能性がある。
また、援助はエルサレム教会の長老たちに届けられた。このことから、エルサレム教会ではリーダーシップが使徒たちから長老たちへと移行していたことがわかる。教会が組織として成熟しつつあったことの表れである。
2.適用
① 互いに愛し合う教会となる
エルサレム教会とアンテオケ教会の関係には、相互的な愛が見られる。
エルサレム教会はバルナバを派遣し、霊的な面でアンテオケ教会を支えた。一方アンテオケ教会は、物質的な援助をエルサレム教会に送った。このように、互いに補い合う関係が築かれていた。
またエルサレム教会は、異邦人に対して割礼や律法を強制することなく、不要な負担をかけなかった。これは愛に基づく配慮である。
イエスが教えられた「互いに愛し合いなさい」という言葉の通り、教会は一方的ではなく、互いに愛し合う共同体であるべきである。教会同士が批判し合うことは非常に危険である。
さらにパウロが語るように、私たちはキリストの体である。弱い部分があれば、強い部分がそれを補う。もし全体に悪影響を及ぼす部分があれば対処が必要だが、単に弱いだけであれば助けるのが本来の姿である。
教会は、何でもできる人を育てる場所ではなく、バルナバのように人を慰め、助けることのできるキリスト者を育てる場所である。重要なのは能力ではなく、その心である。
教会においては「何をするか」以上に「どのような存在であるか」が大切である。行動によって存在が作られるのではなく、存在が行動を生み出すのである。
3.まとめ
アンテオケ教会は、エルサレム教会を助けるという具体的な愛の行動を示した。
バルナバとサウロが行った教育の目的は、単に人を助ける能力を持つ強い教会を作ることではなかった。そうではなく、キリストのように人を思いやり、助ける心を持つ教会を築くことであった。
私たちもまた、そのような愛に満ちた教会を目指して歩んでいくべきである。


댓글0개