20250425早天祈祷会
聖書:使徒行伝13:4-12
題目:キプロス島伝道
賛美:505、515
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
①聖霊に遣わされてキプロスへ
バルナバとサウロの二人は、聖霊に遣わされてセルキヤに下り、そこから船でキプロスへ渡りました。
キプロスはバルナバの故郷であり、大きなユダヤ人共同体が存在していました。そのため人間的に考えれば、伝道しやすい場所であったと言えます。しかし聖書は、この働きが「聖霊の導き」によるものであることを強調しています。
彼らはまずサラミスに到着し、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を宣べ伝え始めました。キプロスは銅の鉱脈を持つ重要な地域であり、サラミスは東海岸に位置するギリシャ人の町でした。
パウロたちは、まずユダヤ人に福音を伝え、その後に異邦人へと広げていくという方法をとりました。その後、島全体を巡回し、最終的に反対側にある首都パポス(約160km離れている)まで進みました。
②総督セルギオ・パウロとの出会い
パポスで彼らは、総督セルギオ・パウロと出会います。ルカは彼を「賢明な人」と評価していますが、それは地位や知識によるものではなく、福音に関心を持ったからです。
総督はバルナバとサウロを招き、神の言葉を聞こうとしました。しかしそこに、バルイエスというユダヤ人の魔術師であり偽預言者が現れ、彼らの働きを妨害しました。彼は自分の地位が脅かされることを恐れていたのです。
総督がこの魔術師を側近としていたのは、ユダヤ人に関する助言を得るためであったと考えられます。
③パウロの叱責と神の御業
サウロ、すなわちパウロは聖霊に満たされ、この魔術師に対して厳しく叱責しました。
「すべての偽りと悪に満ちた者、悪魔の子よ。主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。」
バルイエスという名前は「イエスの子」という意味を持ちますが、彼の行動はそれとは正反対でした。そのためパウロは彼を「悪魔の子」と呼びました。
そしてパウロは、彼がしばらくの間盲目になることを宣言します。するとその通り、彼は暗闇に覆われ、手探りで導く人を求めるようになりました。
これは、かつてパウロ自身が回心の際に目が見えなくなった出来事とも重なります。また、ペテロがサマリヤで魔術師シモンを叱責した出来事とも共通しています。
この出来事とパウロの教えを通して、総督セルギオ・パウロは主を信じるに至りました。一方で、ユダヤ人であるバルイエスは福音を拒み、異邦人である総督がそれを受け入れるという対照的な結果となりました。
2.適用
①成果よりも聖霊の導きに従うこと
パウロたちはキプロス全体を巡回しましたが、聖書に記されている目立った成果は、総督の回心のみです。もちろん他にも実があった可能性はありますが、広い地域を回って一つの実りということも現実にはあり得ることです。
大切なのは、結果ではなく従順です。
私たちは種を蒔き、水を注ぐ役割を担いますが、成長させてくださるのは神様です。
すぐに実を結ぶ働きもあれば、なかなか実を結ばない働きもあります。しかし、実りが見えなくても忠実に続ける教会こそが、より忠実な神のしもべであると言えるでしょう。
②霊的な視点で人を見る
総督セルギオ・パウロが「賢明」と評価されたのは、福音に関心を持ったからでした。世の基準では、地位や知識が重視されますが、霊的な世界では「神を知る知恵」が重要です。
世の中では、良い大学、良い会社、論理的な話し方などが評価されます。しかし聖書が語る知恵は、父母を敬うこと、怒りを制すること、忠告を受け入れることなどです。
特に子どもたちに教える際には注意が必要です。勉強ができることやお金を稼ぐことを「賢さ」として教えるのではなく、神の国の価値観に基づく知恵を教える必要があります。
③宣教の主体は聖霊である
宣教において注意すべきことは、自分が前に出てしまうことです。
人々は、パウロが魔術師に与えた裁きという「目に見える出来事」に注目しがちです。しかし総督が信じたのは、それだけではなく、御言葉の力によるものでした。
本当に重要なのは、パウロとバルナバがキプロス全体に福音を伝え続けたことです。成果の有無に関わらず、語り続けることが使命です。
教会の目的は、メガチャーチを作ることではありません。すべての人に福音を伝えることです。大阪中央教会もまた、相手を選ぶのではなく、すべての人に御言葉を伝え続ける教会となる必要があります。
3.まとめ
私たちの口から出る言葉が霊的な言葉となり、
私たちの行動が聖霊の導きに従うものとなるように歩んでいきましょう。


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