20250424早天祈祷会
聖書:使徒行伝13:1-3
題目:教会はどんな場所か?
賛美:499、502
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
①アンテオケ教会の特徴と人々
アンテオケ教会には、預言者や教師たちがいました。具体的には、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、そしてサウロです。
バルナバはキプロス島出身のユダヤ人で、エルサレム教会から派遣された人物です。ニゲルはクレネ出身で、肌が黒いことからその名で呼ばれていました。ルキオはリビア出身、マナエンはヘロデ・アンティパスと共に宮廷で育った人物、そしてサウロはタルソ出身のユダヤ人です。
このように、アンテオケ教会では実に多様な背景を持つ人々が用いられていました。また、教会には預言者と教師という役割が備えられていたことも分かります。
②礼拝と断食の中で語られる聖霊の導き
教会の人々が主を礼拝し、断食していたとき、聖霊が語りかけました。
「バルナバとサウロを、わたしのために聖別し、彼らに授けておいた働きに就かせなさい」
これは教会全体で断食をするほどの、特別な霊的な時間でした。聖霊の声は、おそらく預言者を通して語られ、それを人々が受け取ったと考えられます。
③祈りと按手による派遣
教会はこの導きを受けて、断食と祈りをもって応答しました。そして二人に手を置き、送り出しました。
断食とは、肉を養う食事を断つことで霊を養い、神の御心を求める行為です。教会は人間的な話し合いではなく、祈りによって決断しました。
また、手を置く(按手)ことには、一体化という意味があります。旧約においては、いけにえに手を置くことで自分と一体化し、その動物が身代わりとなりました。同様に、送り出す者と送り出される者が一体となることを意味しています。
サウロとバルナバを送り出すことは、教会にとって大きな損失でした。しかし彼らは、人間的な利益よりも神の御言葉を優先しました。ここから、教会は単に集まる場所ではなく、「送り出す場所」であることが分かります。
2.適用
①教会は様々な人が用いられる場所
聖書は、「分け隔てをしてはならない」(ヤコブ2:1)と教えています。
アンテオケ教会では、信頼の厚いバルナバだけでなく、見た目の違うニゲル、迫害者と関係のあったマナエン、かつて教会を迫害していたサウロなど、多様な人々が用いられていました。
イエス様も同様に、漁師のペテロ、貪欲なユダ、過激派のシモンなど、様々な背景の人々を弟子として選ばれました。また、罪人とも食事を共にされました。
大阪中央教会においても同じです。自分に合わない人、過去に問題を持つ人、見た目が気になる人であっても、神様が許されたからこそ、共にここにいるのです。誰もが自分の力で来たのではありません。
②教会は神様のために働く場所
アンテオケ教会は、神の御言葉を聞くために礼拝し、断食していました。そして聖霊の導きを素直に受け入れました。
彼らは自分たちの考えではなく、神様の考えに従うために行動しました。
イエス様もまた、自分の思いではなく、父なる神の御心に従って働かれました。祈りを通して自分の思いを捨て、神の御心に合わせていかれたのです。
大阪中央教会も同じように、自分たちのしたいことではなく、神様が望んでいることを行うべきです。そのためには祈りを通して神の御心を求め続ける必要があります。
③教会は送り出す場所
アンテオケ教会は、教会にとって重要な存在であったサウロとバルナバを宣教のために送り出しました。不安はあったはずですが、彼らは一体となって送り出しました。
イエス様もまた、十二弟子や七十人を送り出し、さらには私たちもこの世へと遣わされました。イエス様が人を選ばれるのは、使命を与えるためです。そしてその使命は、ユダヤ、サマリヤ、地の果てにまで及びます。
大阪中央教会もまた、送り出す教会であるべきです。宣教をしない教会は、本来の教会ではありません。人を集めるだけの教会は、内側に閉じてしまい、やがて腐敗してしまいます。
私たちが人を集めるのは、大きな教会を作るためではなく、多くの人を世に送り出すためです。もし自ら送り出さなければ、神様が状況を通して強制的に送り出されることもあります。
3.まとめ
教会とは、神様が様々な人々を集める場所です。
それは、それぞれが好きなことをするためではなく、神様の計画に参加するためです。
そしてその働きは教会の中にとどまらず、外へと送り出されていきます。
大阪中央教会が、これからも多くの人々を世に送り出す教会となることを願います。
댓글0개