20250716早天祈祷会
聖書:使徒20:13-17
題目:ジグザグの旅路
賛美:436、438
説教:高曜翰 牧師
1.本文解説
(1)アソスからミレトまでの旅路
パウロたちは、アソスを経由してミテレネへ向かうことにしました。
同行していた人々は船で先に出発しましたが、パウロだけは陸路を進むことを選びます。陸路の方が早かったこともありますが、一人で考える時間を持つためだった可能性もあります。
アソスで再び合流した後、一行はミテレネ、キヨス、サモスと順に移動し、最終的にミレトに到着しました。
ミテレネはレスボス島の中心都市であり、キヨスは詩人ホメロスの出生地、サモスはピタゴラスの出生地として知られています。
ミレトはエペソから南に約50kmの港町ですが、パウロはエペソに立ち寄りませんでした。それは、五旬節までにエルサレムに到着したいという強い思いがあったからです。エペソに立ち寄れば、多くの人々が集まり時間が取られてしまうため、あえて通過する決断をしました。
それでもパウロは、エペソの教会の長老たちをミレトに呼び寄せました。ミレトでの停泊中(おそらく数日間)を利用したのです。しかし、エペソからミレトまで来るには時間と労力がかかり、長老たちにとっても大きな犠牲を伴う行動でした。
当時の地中海の船旅は風や天候に大きく左右されるため、計画通りに進むことは難しく、このような複雑な移動が必要でした。
(2)一見遠回りに見えるルート
この旅路は、トロアスからアソス、ミテレネ、キヨス、サモス、ミレトへと進む、いわば「ジグザグの道」でした。
私たちの目には、エルサレムへ向かうには無駄の多い遠回りに見えるかもしれません。しかし当時の帆船航海では、夜間の航行ができず、風向きにも制限があるため、このルートこそが最適な道でした。
つまり、一見非効率に見える道であっても、実際には最も良い道であったのです。
2.適用
(1)寄り道のように見える神の導き
パウロの旅は、直線的ではなく、回り道の連続でした。
- 一人でアソスへ向かったこと
- エペソに立ち寄らなかったこと
- ミレトで長老たちを呼び寄せたこと
これらはすべて、一見すると非効率で無駄に見える選択です。しかし、それらは状況の中で最も適した導きでした。
私たちの人生にも、同じように「なぜこの道なのか」と思うような出来事があります。しかし神の視点から見れば、それは最善の道なのです。
(2)イエスも“遠回り”をされた
イエスの歩みもまた、人々の期待とは異なるものでした。
人々はイエスがすぐにエルサレムに行き、王として立つことを望みました。しかしイエスはそうされませんでした。
- 人々が避けるサマリヤを通られた
- 小さな町ナインに立ち寄り奇跡を行われた
- ヤイロの娘のもとへ向かう途中で別の人を癒された
人の目には非効率で理解できない行動に見えましたが、すべて神の計画の中にある必要な道でした。
(3)私たちの歩みもジグザグである
大阪中央教会の歩みも、一直線ではありません。
- 目的地は分かっていても、まっすぐ進めないことがある
- 問題や出来事によって遠回りするように感じることがある
- 計画通りに進まないことがある
しかし、それは失敗ではなく、神の導きの中にある道です。
時には一人になる時間も必要です。
時には違う景色を見るための回り道も必要です。
私たちは自分の計画ではなく、神の思いを求めて歩むべきです。
3.まとめ
私たちの人生は、必ずしも一直線ではありません。むしろ、ジグザグの連続です。
しかし、その道は決して無駄ではなく、神が導いておられる最善の道です。
自分の思い通りの道ではなく、
神が導いておられる「今の道」を受け入れ、楽しんで歩んでいきましょう。

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