20251228日曜日本語礼拝
聖書:哀歌3:21-22
題目:主の守りに感謝
賛美:25、429、301
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
“しかし、わたしはこの事を心に思い起す。それゆえ、わたしは望みをいだく。 主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。”
哀歌 3:21-22 口語訳
1。「神は死んだ」と叫んだ哲学者
①フリードリヒ・ニーチェ(1844−1900)
❶父も祖父も牧師。敬虔なキリスト教家庭で育った人物。
❷4歳で父を失い、慢性的な病気(頭痛、視力障害、嘔吐、神経系の不調)で除隊。
2度の求婚を拒絶される。
❸神が人を愛するのなら、なぜこれほど苦しめるのか
②結果依存の信仰
❶ニーチェは与えられた結果では、信じる事ができなかった。
❷その信仰が神様依存ではなく、結果依存だった。
❸自分の望む結果が見えない信仰生活に耐えられなかった。
→だから「神はいない」ではなく「神は死んだ」
③結果依存の愛情
❶条件付きの愛「○○してくれたら愛していると認める」
※通常は、愛の言葉を認め、行動で確認して受け入れる(結果は別)。
❷愛を「存在」ではなく「結果」で測る心理
❸自分の思い通りの結果でないと耐えられない。
→結果依存の愛、結果依存の信仰から解放されるためには?
2。本文解説
①エレミヤの哀歌の背景
❶バビロンによって滅ぼされたエルサレムを悲しむ歌
❷神殿は破壊され、町は焼かれ、民は捕囚となった。
❸ユダの国が受けた痛みを自分の受けた痛みとして、絶望しながら語っている。
②回復の始まり(3:21)
「しかし、わたしはこの事を心に思い起す。それゆえ、わたしは望みをいだく。」
❶町は瓦礫の中で、救いは見えない。状況は変わっていない。
❷それでもエレミヤは、「思い返す」ことを選んだ。
❸過去の恵を受けた事を思い出すことで、希望が生まれた。
③回復の根拠(3:22)
「主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。」
❶神がこれまで何をしてきたか、そして今も変わらない方であること思い出した。
❷エレミヤが信頼したのは、自分の望む結果でも、すぐに回復する未来でもない。
❸結果で終わるのではなく、結果を通して見える神様の存在そのものを見つめた。
→ニーチェとエレミヤの決定的な違い
3。適用
①結果を急ぐ信仰を捨てましょう。
“さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。”
ヘブル人への手紙 11:1 口語訳
❶信仰とは、結果を見てから信じることではない。
❷自分の望む結果が見えない中で、神様を見上げること。
❸神様の働きを信じ、素晴らしい結果が出ることを信じることが信仰である。
②待ち望む信仰を持ちましょう。
“主はおのれを待ち望む者と、おのれを尋ね求める者にむかって恵みふかい。 主の救を静かに待ち望むことは、良いことである。”
哀歌 3:25-26 口語訳
❶信仰とは、すぐに答えを出してもらうことでもない。
❷神を信頼して委ねて待つことが信仰である。
❸待つとは、何もしないことではない。忍耐力のいる重要な行為。
③ただ待つのではなく、感謝しましょう。
“何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。”
ピリピ人への手紙 4:6 口語訳
❶ただ懐かしむためでも、無理矢理感謝するためでもない。
❷試練の中でも、これまでの結果を通して、神様自身を見るため。
❸今も私達を支えている確信を持って信頼するため。
④イエスの行い
❶結果を急がなかった。
例)悪魔の試練でお腹が空いても、石をパンに変えなかった。
❷待ち望んだ。
例)ローマ兵が逮捕に来ることがわかっていても、ゲッセマネの園から逃げなかった。
❸感謝した。
例)ユダが裏切ることを知っていても、最後の晩餐でも感謝を捧げた。
→イエス自身も結果依存の信仰ではなく、神様依存の信仰を貫いた。
⑤私たちも、今年を振り返って感謝し、結果を通して神様を見る信仰を持とう。
❶今年も決して順風満帆では無かったが、たくさんの感謝があるはず。
❷瓦礫の中のエレミヤや十字架の道の中のイエスのように感謝できるはず。
❸そうすればニーチェのように「神は死んだ」と絶望する新年を送る必要がなくなる。
4。まとめ
①感謝は、望む結果が得られた時だけのものではない。
②神が変わらず信頼できるお方であることへの告白である。
③今年の残り時間を感謝に使い、新しい年を主と共に歩む準備をしましょう。


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