20260118日曜日本語礼拝
聖書:ヨハネ3:3
題目:ニコデモに足りなかったもの
賛美:28、304、615
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
“イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。”
ヨハネによる福音書 3:3 口語訳
1。間違った手段
①レフ・トルストイ(1828−1910)
❶ロシアを代表する文豪。『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』などの世界的名作の親。
❷名声・富・家族・社会的地位をすべて手に入れ、人々から尊敬される人生を送った。
❸晩年には道徳・宗教・人生の意味を真剣に探求し、敬虔で禁欲的な生き方を志した。
②影の部分
❶成功と名声の絶頂の中「なぜ生きるのか分からない」という深い虚無感に苦しんだ。
❷道徳的・宗教的に正しく生きようと努力したが、確かな平安を得られなかった。
❸人生の意味を思想や行いによって見いだそうとしたが、内面の不安は消えなかった。
③緊張と矛盾の中で苦しむ
❶清貧を説きながら、伯爵としての立場を完全には捨てられず。
❷愛を語りながら、家庭内では深刻な葛藤を抱え。
❸信仰を語りながら、教会からは破門される。
④なぜ平安を得られなかった?
❶トルストイは信仰生活の中でも平安を、道徳や努力に求めていた。
❷現在も、信仰生活を続けても平安を得ることができない人々がいる。
❸目的があっていても、手段を間違えれば平安を得ることができない。
2。ニコデモの夜の訪問
①ニコデモ
❶パリサイ人、ユダヤ人の指導者、最高裁判所サンヘドリンのメンバー
❷良き人格者:30歳のイエスを先生と呼ぶ。
❸イエスを「神から来た人」と認めた異例な存在。
②会いに来た理由
❶ヨハネ2章の後半で書かれている過越の祭りで、イエスの奇跡を見たと考えられる。
❷なぜイエスに会いに来たのかは書いていない。
❸文脈から、自分の人生に足りない物を感じ、天国への確信がなかったと考えられる。
③夜に訪れた理由
❶社会的プライド:年長者が30歳の無名のラビに教えを乞うのは恥。
❷人の目:他のパリサイ人に知られたら、立場・名声・影響力を失うかも。
❸ニコデモは謙遜だったが、完全には自分を捨てきれていなかった。
④イエスの答え
❶人は新しく生まれなければ、神の国を見る事ができない。
❷ニコデモが持つ全ての強みを無効にし、このままでは神の国に入れない事を教えた。
❸清く生きてきたこと、聖書知識、宗教的努力、社会的評価は天国の資格にならない。
⑤ニコデモの誤解
❶年をとってから生まれることがどうしてできるか?
❷ニコデモは「もう一度生まれる」を外的・肉体的変化として理解した。
❸ニコデモはまだ地上の外側の条件で人生が変わると考えている。
⑥イエスの返事
❶神の国に入るには、水と霊=洗礼と聖霊が必要。
❷水:悔い改め(古い自分の死)、霊:上からの命(聖霊による新生)
❸新しく生まれるとは内側から、上から、神によって変えられること。
⑦困惑するニコデモ
❶「どうして、そのようなことがあり得るのでしょうか」
❷ 清く、賢く、尊敬されていることがかえって障害になっている。
❸自分の誇りを下ろさなければならないことに困惑している。
⑧イエスだけが道である。
❶イスラエルの民は、荒野の蛇を神のわざとして信じて見上げることで命が助かった。
❷同様に、イエスを信じて見上げることで命が、しかも永遠の命が与えられる。
❸行いではなく、信頼によって永遠の命が与えられる事を教えている。
3。適用
①自分の正しさを手放しましょう。
❶ 自分の正しさは、救いも平安も与えない。
⑴ 確かに、正しさを選び、誠実に生きることは大切である。
⑵しかし、自分の正しさに拠り頼むとき、人は平安を失う。
⑶なぜなら、正しさが「救いの土台」になることはないから。
❷トルストイは、道徳・禁欲・良心的生活を徹底的に追求した。
⑴「なぜ生きるのか」「死を前にした希望は何か」という問いに、答えが出なかった。
⑵平安を見いだせず、深い苦悩を告白した。
⑶ニコデモも、神の国に入れるという確信と死を超える平安を持っていなかった。
❸自分の努力や能力に頼る生き方から解放されましょう。
⑴どれだけ清く生きたか → 神の国の資格にはならない
⑵どれだけ罪を犯したか → 恵みを妨げる決定打にはならない
⑶どれだけ能力があるか → かえって、自分を頼る原因になることがある
② イエスの正しさに従う信仰を求めましょう。
❶私たちの平安は、地上の達成からではなく、天から与えられる。
⑴だから、外側の成功ではなく、内側が神によって変えられる必要がある。
⑵ 聖霊に導かれるとき、自分中心の価値観から神中心の価値観へ変えられる。
⑶自分を完成させるのではなく、イエス・キリストによって新しい存在に変わる。
❷トルストイは、自分を正しくし続ける生き方の限界に気づいた。
⑴しかし、最後まで「自分の内側の葛藤」を完全に解決する平安には至らなかった。
⑵あの夜、ニコデモは自分を頼ることをやめた。
⑶そして、イエスを信じて見上げることで、命に至る道が示された。
③私たち自身の信仰を省みましょう。
❶まず、人生の目的が、この世の成功ではなく、神の国になっているか?
⑴ 私たちの言葉・行動・選択が、神の御心とつながっているかが問われている。
例)「勉強しなさい」ではなく「一緒に聖書読んでみよう」
⑵イエスが望んでいるのは、成功した宗教者ではなく、神に信頼する子どもである。
⑶ 神の国を第一とするとき、人生の秩序は神によって整えられる。
❷手段が、努力や能力依存ではなく、神への信頼になっているか?
⑴ 「もっと正しくあれ」ではなく、 「正しいイエス・キリストに従え」が福音である。
⑵ イエス様が望んでいるのは、自分を証明する信仰ではなく、委ねる信仰である。
⑶ 信仰とは、積み上げではなく、信頼による応答である。
❸ 私たちは、夜のニコデモのままで止まっていないか?
⑴人の目を気にして、信仰を隠していないか。
⑵自分の正しさを手放すことを恐れていないか。
⑶今日、自分の正しさを降ろしてイエスの前に正直に立つことが招かれている。
4.まとめ
① ニコデモに足りなかったものは何か?
❶自分の正しさを手放し、イエス・キリストに委ねる信仰。
❷新しく生まれ、神の国に入る確信と平安を得る唯一の道。
❸トルストイのような能力や努力に頼る信仰は、人を真の平安へ導くことはできない。
② イエス・キリストによって、新しく生まれ変わりましょう。
❶ それは特別な人だけでなく、今日ここにいる私たち一人ひとりに開かれている。
❷ 過去や実績ではなく、信頼によって与えられる恵みである。
❸ 神の国の民として生きるとき、私たちは永遠の命と揺るがない平安を受け取る。
→自分の正しさを手放し、イエスの正しさに従う信仰を求めましょう。


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