20260208 日曜韓国語礼拝
聖書:エゼキエル5:1-4
題目:聖さのための裁き
賛美:421、288
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
“人の子よ、鋭いつるぎを取り、それを理髪師のかみそりとして、あなたの頭と、ひげとをそり、はかりで量って、その毛を分けなさい。 その三分の一は包囲の期間の終る時、町の中で火で焼き、また三分の一を取り、つるぎで町のまわりでこれを打ち、さらに三分の一を風に散らしなさい。わたしはつるぎを抜いて、彼らのあとを追う。 あなたはその毛を少し取って、衣のすそに包み、 またそのうちから少しを取って火の中に投げ入れ、火でこれを焼きなさい。火はその中から出て、イスラエルの全家に及ぶ。”
エゼキエル書 5:1-4 口語訳
1。自分の子供だから叱る
①他人の子は叱らない。
❶他人の家の子供が悪い事をしても、普通は叱らない。厳しくしない。
❷どうでもいい子だから、放っておく。
❸叱らない、厳しくしないのは、愛しているからではない。
②自分の子供は叱る。
❶嫌われても止め、泣いても叱り、時には厳しく懲らしめる。
❷愛する子だから、まともに育って欲しいから、放っておけない。
❸叱り、厳しくするのは、愛しているから。
2。本文解説
①「鋭い剣を取り、頭と髭を剃りなさい」(5:1)
❶意味:イスラエルの罪と裁きを視覚的に示している。
⑴頭と髭は人格・尊厳・民全体の象徴。
⑵剃る=聖さを失った状態、恥、破壊の象徴。
⑶剃られた頭と髭は、聖さを失ったイスラエルの状態を象徴している。
❷「彼らは頭の頂をそってはならない。ひげの両端をそり落してはならない」(レビ21:5)
⑴イスラエル人は人が死んだ時、頭や髭を剃るって悲しみを表現する。
⑵しかし、祭司は律法で禁止されている。
⑶それをさせることで、あってはならない事が起こる神様の悲しみを表している。
②「三分の一ずつ分け、火で焼き、剣で打ち、風に散らしなさい」(5:2)
❶意味:12節の解説通り、イスラエルの民の罰の受け方を視覚的に示している。
⑴火で焼く:エルサレムの中で疫病と飢饉で死ぬ。
⑵剣で町の周りで打つ:エルサレムの外で、剣で殺されること。
⑶風で散らす:バビロンで捕囚の民となること。
⑷全てが偶然や無作為ではなく、神の計画の中で行われることを表している。
❷「私は剣を抜いて、彼らの後を追う」(5:2)
⑴直接的に、徹底的に裁く事を表しており、誰1人として逃げられない。
⑵ 「怒りを漏らし尽し、憤りを彼らの上に漏らして、満足する」(5:13)
⑶神様が満足するまでこの裁きが終わらないことを表している。
③「あなたはその毛を少し取って、衣のすそに包みなさい」(5:3)
❶意味:裁きの中でもわずかな残り(レムナント)を残すことを示している。
⑴完全な滅びを望まない神様の憐れみがある。
⑵この裁きは愛の介入であり、未来の回復の可能性を示している。
⑶自分の家の子に対する特別な思いがある。
❷「憤りを漏らし尽した時、彼らは主であるわたしが熱心に語ったことを知る」(5:13)
⑴裁きは、腹いせに行って、神様がスッキリするためのものではない。
⑵裁きは、神様の言葉を再び知る事ができるようになるため。
⑶この裁きは、イスラエルがまともになるためのものである。
④「そのうちから少しを取って火の中に投げ入れ、火でこれを焼きなさい」(5:4)
❶意味:滅びを免れた者たちも、試練を受けることを示している。
⑴「火はその中から出て、イスラエルの全家に及ぶ」(5:4)
⑵ 試練の範囲は一部ではなく民全体に及ぶ。
⑶裁きを誰も逃れられないことを示しているが、最終的に聖さの回復につながる。
❷「あなたがつえとするパンを打ち砕く」(5:16)
⑴この火は、物質的なパンにより頼む生き方をやめさせるため。
⑵そして、霊的なパンである神の言葉により頼む生きるように作り変えるため。
⑶この裁きは、愛する子をまともな道に戻すための裁きである。
⑤「私はこのエルサレムを万国の中に置いた」(5:5)
❶神様はご自分の民の“聖さ”を大切にしておられる
⑴特別な聖なる民として、世界の光となるために置いた。
⑵それなのに、聖なる民であることをやめたから怒った。
⑶神が怒ったのは、弱さのためではなく、「聖なる民であることをやめた」から。
❷神は、自分の民が堕落していくのを、黙って見ていられない。
⑴だから、愛のある裁きを徹底的に与え、そして回復を与えた。
⑵神が預言者を通して伝えたかったこと「わたしはあなたがたの聖さをあきらめない」
⑶私たちの「聖さ」は神から与えられるものだが、それを大切にすることを望まれる。
⑥まとめ
❶神の裁きは計画的で徹底的で誰も避けられない。
❷しかし、同時に回復も用意されていて、わずかな民が守られる。
❸この裁きは、聖さを失った民が聖さを再び取り戻すためのものである。
3。適用
①神の国の民としての聖さを保つことを忘れないようにしましょう。
❶テアテラ教会へのイエスの言葉(黙示録2:18−29)
⑴称賛:愛・信仰・奉仕・忍耐 がある。しかも 最初より成長している。
⑵批判:教会に不品行と偶像崇拝を教えているイゼベルを放置している。
⑶悔い改めの機会を与えたが、悔い改めない。だから病と患難を与える。
⑷すべての教会が、イエスが心と思いを探る者であることを知るため。
⑸イスラエルと同様に、テアテラ教会の問題は、「聖さ」を軽んじたこと。
❷現代教会の問題点:「聖さの軽視」
“聖書に、「わたしが聖なる者であるから、あなたがたも聖なる者になるべきである」と書いてあるからである。”
ペテロの第一の手紙 1:16 口語訳
⑴愛と赦しだけが強調されて、義と聖さが無視されている。
⑵教会の中に避けられない問題があっても、無視するケースが多い。
⑶例:問題ばかり起こす聖徒に気を使って、他の聖徒らが試練に陥る。
⑷衝突を避けて、問題解決を後回しにすれば、より大きな裁きを受けることになる。
⑸「正しさ」を子に教えない親の愛が間違っているように、
「聖さ」を軽んじる愛は、本当の愛ではなく間違った愛である。
❸教会が守るべきもの「聖さ」
“外の人たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者は、内の人たちではないか。外の人たちは、神がさばくのである。”
コリント人への第一の手紙 5:12 口語訳
⑴イスラエルとテアテラ教会が裁きを受けた理由は、「聖さ」が失われたから。
⑵「聖さ」とは人から見た道徳的な問題ではなく、神のものとして生きること。
⑶弱さや失敗、足りない部分があっても良い。完全さではなく悔い改めが重要。
⑷しかし、悔い改めず、「聖さ」を求めないのなら、愛のある裁きの対象となる。
⑸愛と優しさを口実に「聖さ」を軽んじれば、その被害はより深刻になる。
※「聖さ」のためで、聖徒の立場や人数を計算して利益のために裁くわけではない。
❹教会内の規則は「聖さ」と「愛」の両立のため
⑴人々は規則は冷たい、厳しい、時代遅れだと考える。
⑵しかし、本当に愛しているなら、罪を放置できない。
⑶聖さを大切にするのが神の国の民としての生き方だから。
⑷規則がある教会は、愛を失ったからではなく、愛があるから。
⑸聖さを軽んじる教会は、神の臨在のない形だけの教会となる。
4。まとめ
①神の裁きは私たちに「聖さ」を取り戻すための愛の裁きである。
❶確かに神様の裁きは徹底している。
❷しかしその裁きは愛しているからである。
❸神の民を裁く目的は、聖さを取り戻すためなのだから。
②教会内での裁きも、同じである。
❶教会は「聖さ」を守るために、裁く時がある。
❷しかしその裁きは、神の家族に対する愛に基づく。
❸他の物ではなく、神様の求める「聖さ」を忘れない教会になりましょう。


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