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ヨハネの生涯(ルカ7:22–23)
고요한 2025-12-17 추천 0 댓글 0 조회 29

 

20221230金曜祈祷会

聖書:ルカ7:22–23
題目:ヨハネの生涯 — 人生の目的が自分から神へ変わるとき

説教:高曜翰 講道師

場所:중앙성서교회


イエスは弟子たちにこう答えられました。
「行って、あなたがたが見聞きしたことをヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病にかかった人はきよめられ、耳しいは聞こえ、死人は生き返り、貧しい人々は福音を聞かされている。私につまずかない者は幸いである。」(ルカ7:22–23)


1.聖書で「気に入らなかった」箇所 ― 洗礼者ヨハネの悲劇

洗礼者ヨハネは、信仰が強く、霊的に非常に優れた人物でした。母の胎内にある時から聖霊に満たされ(ルカ1:15)、エリヤの霊と力が臨み(1:17)、イエスは「ヨハネより大きい人物はいない」(7:28)と語られました。

しかし、そのヨハネは無実の罪で牢に入れられます。ヘロデ王の悪事を指摘したこと、とくに兄弟の妻ヘロデヤを妻にした罪を糾弾したことが原因でした。そしてヨハネは救い出されることなく処刑されます。

ダニエルはライオンの穴から救われ、パウロやペテロは天使に助けられました。イエスもヨハネが捕らえられたのを聞き、宣教を始められました(マタイ4:12–17)。

なぜ神はヨハネを助けなかったのか?
ヨハネは最後、どのような気持ちで死を迎えたのか?

聖書を読むと、この部分に引っかかりを覚える人は少なくありません。


2.揺れ動くヨハネの信仰

① 信仰が強かった時のヨハネ

ヨハネはイエスを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」(ヨハネ1:29)と言い、御霊が鳩のように下るのを見た(1:33)、私は見たので証しする(1:34)と確信していました。

② 信仰が弱くなった時のヨハネ

牢獄で弟子たちの報告を聞き、ヨハネは失望します。
イエスが死人を甦らせた(7:11–17)のに、ローマは倒れず、自分も解放されない。

そこでヨハネは弟子を送り、
「来るべき方はあなたですか。それとも他の方を待つべきですか」(7:19)
と尋ねさせます。

③ なぜ失望したのか(推測)

  • 自分の思い描いていたメシア像と、実際のイエスが違ったからです。
    ヨハネも当時の人々と同じく、「ローマを倒し国を回復する英雄的メシア」を期待していました。

  • さらに自分は断食していたのにイエスは罪人と食事をし、神の国を建てる気配が見えない。

  • 裁判は進まず、天使も来ない。自分は「悪霊つき」と言われ、イエスは「大食漢で酒飲み」と批判される(7:34)。

ヨハネの心は大きく揺れ動いていました。


3.ヨハネに送られたイエスの言葉

イエスは、ヨハネの弟子たちにただ一つのメッセージを託されました。

「盲人が見え、足なえが歩き…貧しい人々は福音を聞いている。私につまずかない者は幸いである。」

一見、この言葉はヨハネの問いに直接答えていないように思えます。
賞賛の言葉(7:24–28)は弟子たちに伝えず、ヨハネに届けませんでした。

しかしこれこそが、ヨハネへの最大の慰めでした。

① イザヤ書の成就

イエスの言葉は イザヤ35章、61章 の預言そのものです。

「その時、盲人の目が開き、耳しいの耳が開く…」
「貧しい者に福音を告げ知らせるために主は私に油を注いだ」

つまり、
ヨハネの働きは正しかった。
イエスこそ確かにメシアである。

ヨハネが何より確認したかったのは、この一点だったはずです。

② ヨハネの関心

ヨハネは自分が助けられるかどうかより、
「自分の働きが神の計画の中で正しかったか」
を確認したかったのです。

「私は荒野で呼ばわる者の声」(ヨハネ1:23)
「彼は盛んになり、私は衰えねばならない」(ヨハネ3:30)

ヨハネは自分の役割が終わることを知っていました。
だからこそ、イザヤ書の成就という知らせこそ、最大の励ましでした。


4.人生の中心が変わるとき、見える世界が変わる

私たちは競争社会の中で生きています。
よりよい学校、よりよい会社、よりよい家。
比較によって幸せを測る世界です。

その基準で見るなら、ヨハネの人生は完全な失敗です。
貧しく、質素で、若くして殉教したからです。

しかし信仰の世界は違います。
神と共にいるだけで幸せになれる世界です。
神の与えた目的に従って生きることこそ成功です。
そして再びイエスに会うとき、主からの誉れが待っています。


5.まとめ

① 神の目的に生きるとき聖書が見える

人生の目的が自分中心のままでは、聖書の物語は理解できません。
しかし目的が神の計画へと変わると、聖書は全く違って見えてきます。
ヨハネは牢獄の中でも、主の平安の中に最期を迎えました。

② 神の目的に生きるとき人生が見える

自分中心だと、人生に起こることの意味がわかりません。
しかし目的が神の計画に変わると、出来事が理解できるようになります。
そして自分の人生が、主の平安の中にあることを実感します。

③ 神の目的に生きると平安を得る

何も持たなくても、世では説明できない平安が与えられます。
世から見れば失敗の人生も、神の前では成功へと変わります。 

そして死の後にイエスに会う日が、心から楽しみになります。​ 

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