20230215水曜祈祷会
聖書:ヨシュア5:13–15
題目:立ちはだかる壁の前で
賛美:405・336・321・487
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文
13節
ヨシュアがエリコに近づいたとき、ふと目を上げると、ひとりの人が抜き身の剣を手にして立っていた。ヨシュアは近づいて尋ねた。「あなたは、私たちの味方なのですか。それとも敵なのですか。」
14節
彼は言った。「いや、そうではない。私は今、主の軍の将として来たのだ。」
ヨシュアは地にひれ伏して礼拝し言った。「主よ、しもべに何をお命じになりますか。」
15節
主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる所である。」
ヨシュアはその通りにした。
1.人生の壁
私たちは誰しも人生の中で「壁」にぶつかることがあります。
世の中はしばしば「努力が足りなかったからだ」と言います。例えば、受験、人間関係、仕事など。しかし、努力してもどうにもならない壁もあります。生まれ持った才能、性格、環境など、人間の力ではどうしようもないことが確かにあります。
誰もが一流大学に入り、大金持ちになるわけではありません。
勉強ができず親に申し訳なく思い、自ら命を絶つ子供がいます。アメリカでも、有名大学教授の息子が成績に苦しみ自殺した例があります。
では、努力ではどうしようもない壁にぶつかったとき、どうすればよいのでしょうか。
私たちはヨシュアのエリコ攻略から学ぶことができます。
2.エリコの町について
① エリコの特徴
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人類最古の町のひとつと言われる。
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エルサレムから直線で25km、道路で40kmほど。車なら約50分。
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海抜はわずか-250m。エルサレムの750mとの差は約1000m。
山に降った雨が地下水となり、エリコの地で湧き出てオアシスを形成し、町は栄えた。 -
町は敵の侵入を防ぐため巨大な外壁で囲まれていた。
② イスラエルを恐れるエリコ
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神が海を分けてイスラエルをエジプトから脱出させた。
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アモリ王シホンとバシャン王オグにも勝利した。
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ヨルダン川を不思議な力で渡って来た。
③ 逆にイスラエルも怯えていた
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エリコの巨大な城壁。
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彼らは長く遊牧民であり、強力な武器も軍備もない。
まるで友達同士のサッカーチームが日本代表と戦うようなもの。
3.本当の司令官は誰か
① ヨシュアの立場
ヨシュアはイスラエルの新しい指導者として、最初の戦いを前に戦略を練っていました。
② 抜き身の剣を持つ人物との出会い
ヨシュアは尋ねます。「あなたは敵ですか、味方ですか。」
しかしその人物は答えます。
「いや、私は主の軍の将として来た。」
その瞬間、ヨシュアはひれ伏して礼拝します。
彼は履物を脱ぐよう命じられます。これは、モーセが燃える柴の前で言われたのと同じことばであり、礼拝を求める神ご自身の現れであることを示しています。
天使なら礼拝を拒むからです。
つまり、この戦いの司令官がヨシュアではなく 神ご自身である ことが宣言されたのです。
③ ヨシュアの気付き
ヨシュアは最初、この人物が神とは気付きませんでした。
彼はこの戦いを「イスラエル対カナンの戦い」だと思っていたからです。
しかし実際には、
「主の軍の将」=この戦いは神とカナンの戦い
神が主導し、神が進まれる戦いだったのです。
④ 私たちの人生の戦いも同じ
私たちは問題に直面すると、自分の力でなんとかしようとします。しかし忘れてはならない事実があります。
私たちの人生の司令官は神様である。
人生の主人は神様である。
ヨシュアは戦いの前にこの真理に気づきました。
勝利の鍵は「良い方法」を知ることではなく、
自分の主人が誰かを悟ることなのです。
4.司令官の命令
神は宣言します。
「エリコの町とその王と戦士たちを、ヨシュアの手に渡した。」
① 神の作戦
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戦士たち、角笛を持つ7人の祭司、契約の箱を担ぐ祭司、そして民衆の順で行列を作る。
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城壁の周りを1日1回(約30分)、7日目には7回回る。
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7日目の最後に角笛を吹き、大声を上げると城壁が崩れる。
② 神の作戦の特徴
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常識ではあり得ない作戦。
武器を強化したり奇跡的な力を与えたりしない。
むしろ敵からの攻撃を受ける危険さえある。
→神はしばしば、人間には理解不可能な命令を出す。
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神が求めているのは「降伏する信仰・従う信仰」。
人は問題を解決することを第一に考える。
しかし神が第一に願うのは
**「私たちが神にしがみつき、救われること」**である。
例:エサウを前に恐れたヤコブは神にしがみつき、そこで神に頼る者となった。
神が求めるのは、私たちが勝利することよりも、
私たちが神に完全降伏すること。
5.神に降伏する信仰
① パリサイ人と取税人のたとえ(ルカ18:9–14)
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パリサイ人
悪事を避け、断食し、十分の一も献げ、努力して成功している人。 -
取税人
胸を打ち「罪人の私をあわれんでください」と祈った人。
② ルカ18:14
義と認められ救われたのは、努力のパリサイ人ではなく、
神に降伏した取税人でした。
神は言われます。
「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる。」
③ 真の信仰とは
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×「自分はできる、うまくいく」と信じ込む信仰
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〇「自分ではできない。しかし神はできる」と認める信仰
神が求めているのは、高い能力や莫大な努力ではなく、
プライドや欲望を捨て、神に降伏(항복)すること。
イエス様が言われた
「あなたの信仰があなたを救った」
とは、神に頼る心、神に降伏する心のことです。
6.結論
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問題が起きたとき、私たちはすぐ「どうすれば主導権を握れるか」「どう勝てるか」と考えます。しかし神はまず、神に降伏し、従うことを求めています。
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エリコの人々は、神に降伏せず、自分たちの堅固な城壁に頼りました。
一方、イスラエルは神に降伏し、神の作戦に従いました。
ラハブの家族だけが神にしがみつき救われました。 -
自分では到底壊すことのできない壁が目の前に現れたとき、それは 神に降伏し従う絶好の機会です。努力不足でも能力不足でもありません。
私たちが神に完全に降伏するとき、神の力によって壁は崩れ、問題が私たちに降伏するのです。


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