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カレブの姿勢(ヨシュア14:10-13)
고요한 2025-12-27 추천 0 댓글 0 조회 2

 

20230531水曜祈祷会

聖書:ヨシュア14:10-13
題目:カレブの姿勢
賛美:545、546、380、382

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


1.目的と手段

まず、「目的と手段」という視点から考えてみたいと思います。

結婚生活で失敗する人の特徴の一つは、結婚そのものが手段ではなく、目的、つまりゴールになってしまっていることです。本来大切なのは、「誰と結婚するか」「どのような結婚生活を築くか」ということです。しかし、人の視線を気にしたり、現状を打開するためだけに結婚を選ぶと、そこには明確なビジョンがないため、やがて幻滅が訪れます。いわゆる「できちゃった結婚」などは、その一例と言えるでしょう。

同じことが信仰生活にも当てはまります。祝福そのものが目的になってしまうと、信仰生活は非常に危険なものになります。
「天国行きのチケットを手に入れたから、あとの人生は自由だ」
「神様の祝福によって、良いことばかりが起こるだろう」
「礼拝と善行だけをして、清く正しく、平穏な人生を送りたい」
このような考え方は、信仰の本質から外れています。

本来大切なのは、神様との関係が回復され、神の民として成長していくことです。そのため、礼拝や信仰生活を妨げる勢力との戦いが必然的に始まります。それは、神の国を築いていく使命が与えられるからです。
救いや祝福だけを目的とした信仰は、信仰生活の中で簡単につまずいてしまいます。

イスラエルの戦いも同じ構造を持っています。イスラエルの戦争の目的は、単なる「征服」ではなく「占領」でした。
王を倒すだけで終わりではなく、そこに住むための戦いが必要だったのです。「勝利した、これで終わりだ」という考えは誤りでした。

これまでの流れを見ると、ヨシュア記2〜10章ではエリコ、アイ、ギブオン、そして南部地方が征服され、11章では北部地方が征服され、「戦争はやんだ」と記されています。12章には、征服した31人のカナン人の王の名前が並んでいます。しかし13章に入ると、まだ占領すべき地が残っていることが明確に語られます。
ここから、「所有するための戦い」が始まるのです。

クリスチャン人生も同じです。洗礼を受けるということは、古い自分が死に、人生の主人を神様に変えること、すなわち「征服」です。しかし信仰生活とは、御言葉によって生き、人生の基準を神様に変えていく「占領」の過程です。
クリスチャン人生とは、使命を持った戦いの連続なのです。
その戦いに勝利する秘訣を、私たちはカレブから学びたいと思います。


2.神様の神の民への思い

神様が神の民に与えておられる使命は、物質的に豊かで、楽しく快適な人生を送ることではありません。神の国を回復するという、神様の大きなプロジェクトに参加することです。そのため、反対勢力との戦いは避けて通れません。

神様はこう言われました。
「あなたの足で踏んだ地は、必ず長く、あなたとあなたの子孫との嗣業(相続地)となる」(14章9節)。

この約束は、アブラハムにも与えられていたものです。神様は、見えないところですべてを準備しておいて、ただ結果だけを与える方ではありません。経験を通して、罪の恐ろしさと神様の偉大さを理解させてくださいます。

子どもが親を助けて風呂に入れる経験をすることで、母親の大変さを知るように、イスラエルもまた、カナン人のモレク信仰、ラッパの音で崩れる城壁、雹によって倒される敵、沈まない太陽、歩兵だけで騎馬や鉄の戦車に勝つ戦いなどを経験しました。

クリスチャンにはすでに救いが約束されています。しかし神様は、霊的な戦いを経験することを望んでおられます。礼拝、十分の一献金、奉仕、伝道、困難を通して、神様の祝福の偉大さを正しく理解できるようになるのです。
金の価値が分からない赤ん坊のように、経験なしには祝福の価値を理解することはできません。


3.神の国を回復する使命

イスラエルに対して、神様はカナンの住民を完全に追放するよう命じられました。それは彼らの罪が満ち、神の国の民を造るために必要な命令だったからです。

一方、私たちにはすべての人に福音を伝え、弟子を造ることが命じられています。誰が救われ、誰が救われないかを判断するのは、私たちの役割ではありません。
そこには悪魔の妨害があり、必ず衝突が起こります。しかし、結果は神様に委ね、私たちは全力で従うだけです。これは、神の国の民を造るための大切な命令だからです。


4.イスラエル12部族の反応

ユダ族はエルサレムを占領しましたが、天然の要塞であるエブス人を完全に追放できず、和平を結び、最終的には共に住むことを選びました。これは、神の命令よりも自分たちの平安を選んだ怠慢の結果です。

ヨセフ族、すなわちマナセとエフライムは、鉄の戦車を持つ強敵と向き合いましたが、カナン人を追い払わず奴隷としました。土地が足りないと不満を言いながらも、共存を選びました。二倍の祝福を受けた部族として、本来は最も困難な使命を担うべき存在でしたが、人や技術への恐れに支配されてしまいました。

ルベン族、ガド族、マナセ半部族はヨルダン川東側を占領しましたが、敵を追い払うことなく中途半端な従い方をしました。

残りの7部族は動かず、問題を先延ばしにしました。神の国よりも自分の生活を優先し、祝福にしか関心を示さない不誠実な姿でした。まるで、妻の食事と自分の自由時間にしか興味のない夫のようです。


5.カレブの姿勢

カレブはユダ族出身で、荒野を生き残ったのはヨシュアと彼だけでした。85歳になっても、彼はヘブロンの占領を申し出ました。

ヘブロンは、アブラハムが住み、主が現れ、後にダビデが王となる重要な場所です。しかしそこは、かつてイスラエルが恐れたアナク人、ネフィリムのような巨人たちが支配する城塞都市でした。

カレブは、自分の健康が自分の成果ではなく、戦いのために主が与えてくださったものだと理解していました。過去の成果を誇ることなく、明確な目的意識を持って未来に生きる人でした。祝福で満足するのではなく、祝福を持って神の国のために戦う人だったのです。

その結果、他の部族とは対照的に、敵を完全に追い払いました。カレブにとって、敵の大きさは問題ではありませんでした。自分の力ではなく、神様の力で戦っていたからです。
彼は、自分が生きてこられた理由を「使命のため」だと理解していました。

(賛美歌380番)


6.クリスチャンのあるべき姿勢

復活後のイエス様は、40日間にわたり神の国のことを語られました。聖霊を与えられた目的は、より良い生活のためではなく、伝道のためでした。私たちの信仰生活も、祝福ではなく神の国のために集中すべきです。

征服後のイスラエル12部族の態度を見ると、ユダ、ヨセフ、ルベン、ガドはこの世の平和を優先し、人の力を恐れ、環境に振り回されました。他の7部族は自分の生活を優先し、神の国に無関心でした。
しかしカレブは、神様だけを恐れ、神の国を優先し、最後まで徹底して戦いました。強い敵がいても、過去に失敗しても、環境に関係なく従い通しました。

私たちも、自分が生きている理由が神の国のためであると認める姿勢が必要です。
イエス・キリストもまた、神の計画に従い、死に至るまで従い通した結果、「死」に勝利されました。


7.結論

私たちが生きている理由は、神の国のためです。
先に救われたのは、まだ救われていない人のためです。救いは自分の信仰の高さの結果ではなく、祝福は自分が豊かに楽しく生きるためのものでもありません。祝福とは、神の国のために間違った世界観や価値観と戦うために与えられるものです。

信仰生活は結婚生活と同じように、終わりではなく始まりです。神の国のための戦いは避けられません。戦いを放棄すると、霊的な戦いに敗北します。

では、どのように生きるのでしょうか。
その武器は、お金や健康、環境ではなく「信仰」です。自分の能力で戦おうとするから、恐れ、先延ばしにしてしまいます。しかし、使命に生きる人は、使命が終わるまで死にません。

カレブのように、自分が生きている理由をはっきりさせるとき、主の力があふれ、主の力によって勝利することができるということを、どうか忘れないでください。​ 

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