20230924青年部礼拝
聖書:エズラ6:13-15
題目:誰に従うのか?
賛美:Living Hope
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
主題:
私たちは神様に従って生きようとする時、必ず反対勢力に出会います。
しかし、人の言葉ではなく、神様の言葉に耳を傾けてください。
神様はご自分の御心を成し遂げるために、助けとなる人を送られるだけでなく、
人の心と人生そのものを変えられるお方です。
私たちがこの世と妥協せず、神様に従って生きる時、
反対勢力が跪き、傍観者が礼拝者へと変えられる姿を見ることができます。
質問:
あなたは妨害を受けた時、何を考え、どのように対処しますか。
0.コロナ禍を通して考えさせられたこと
コロナによって、私たちは礼拝ができなくなり、多くの活動も制限されました。
その後、失ったものを取り戻そうとして、さまざまな活動が再開されました。
しかし、ここで注意しなければならないことがあります。
それは、「私たちはどのように礼拝を回復すべきか」という問いです。
活動の量ではなく、誰に従い、何を中心にするのかが問われています。
1.背景:神殿再建の歴史
1)帰還と再建の始まり
総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアによって、約5万人がバビロンから帰還しました。
クロス王の支援を受け、神殿建築が命じられ、
民は「一人の人のように」エルサレムに集まりました(エズラ3:1)。
2)サマリヤ人による妨害
サマリヤ人たちは、偽善的に協力を申し出ましたが、断られると本性を現し、
脅迫や嘘の密告などによって神殿建築を妨害しました。
その結果、工事は15年間も中断されてしまいます。
BC530年にクロス王が死去し、
BC522年にはその子カンビュセス王も死去しました。
3)工事再開に関わった人物
神殿建築再開のために、神様は人を用いられました。
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預言者ハガイとゼカリヤ
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簒奪者として即位したダリヨス王
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妨害者であったが調査を行ったタテナイ知事
4)BC520年、神様の働き
ハガイは民を励まし、
「主の家は荒れているのに、自分たちだけが良い家に住んでよいのか」と
ユダの民を叱責しました(ハガイ1:3)。
ゼカリヤは、
「権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による」と語り、
神の力に目を向けさせました(ゼカリヤ4:6)。
一方、妨害者だったタテナイ知事は、真実を求め、
「調査して王の考えを知らせてほしい」と王に手紙を書きました(エズラ5:17)。
ダリヨス王は調査の結果、
クロス王の勅令どおり神殿建築を進め、
妨害してはならず、王の財産から建築費を支給せよと命じました(エズラ6:12)。
神様が人々の心を変えられたのです。
5)BC515年、神殿完成
BC520年に再開された工事は、BC515年に完成しました。
ゼルバベルは歴史の表舞台から消え、ハガイもすでに亡くなっていました。
しかし、神殿完成とともに過越の祭りが回復し、
礼拝が再び中心となりました。
2.この世と妥協してはいけない
1)信仰生活の現実
信仰を持ったからといって、
人生が思い通りになるわけではありません。
神の僕として生きても、波乱がなくなるわけではありません。
必ず反対勢力は存在します。
2)どのように対応すべきか
妥協すれば妨害を受けなかったのでしょうか。
いいえ、妥協すれば、さらなる被害が広がったでしょう。
この世の知恵で立ち回り、神の計画を進めるのは正しくありません。
アブラハムとサラの例がそれを示しています。
神の民に必要なのは、人の顔色をうかがい、
この世と妥協することではありません。
神様を最優先する態度が大切なのです。
(同時に、間違っている人々にも愛を示すことは必要です。)
3.神様は人の心をも変えられる
1)人の心は変えられない
聖書ははっきり語ります。
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「人の内から出るものが人を汚す」(マルコ7:21–23)
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「人の心は陰険で治らない」(エレミヤ17:9)
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「義人はいない。一人もいない」(ローマ3:10)
人には、人を変える力はありません。
自分は他人よりましだと言う人は、自己欺瞞です。
教えや説得で人を変えようとする考えも間違いです。
2)神様だけが人の心を変えられる
ゼルバベルとヨシュアは、ハガイとゼカリヤを通して励まされました。
妨害者だったタテナイは、律儀な性格を通して支援者に変えられました。
ダリヨス王も、クロス王の勅令に従い、
神殿建築を守り、費用まで支給するよう命じました。
3)この世の言葉を聞いてはいけない理由
人の心と人生を変えられる主が共におられるからです。
人を変えられない人の声に、耳を傾ける必要はありません。
神様の言葉だけが真実です。
敵も、周囲の人も、牧師も、そして自分自身も、
100%信じてはいけません。
だからこそ、すべての人が聖書を学ぶ必要があります。
4.私たちの礼拝が人々を集める
1)BC515年3月12日の記念式典
再建開始から20年、
ソロモン神殿崩壊から70年ぶりの完成でした。
供物は最初の奉献式より小規模でしたが、
集まった民の数より、供物の数の方が多かったのです。
2)礼拝回復の影響
過越の祭りが回復し、帰還民が熱心に礼拝すると、
人々が礼拝のために戻ってきました。
異邦人に混ざっていた残留民も、自らを区別し、主を求め始めました。
正しい礼拝は、傍観者を礼拝者に変えます。
3)伝道について
年配者たちは、神殿の規模や供物、人の数を見て嘆きました。
しかし若者たちは、礼拝が回復したことを喜びました。
伝道と礼拝は、量より質です。
礼拝が回復していなければ、どんな活動も意味を持ちません。
4)イエスの伝道の結果
イエス様でさえ、
コラジン、ベツサイダ、カペナウムでは悔い改めを得られませんでした
(マタイ11:20–24)。
奇跡や新しい方法で人の心が変わるのではありません。
神様を優先し、礼拝を優先する姿そのものが伝道となるのです。
5.結論
1.反対勢力はなくならない。しかし、人ではなく神様を優先せよ。
2.人の心は変えられないが、神様にはできる。人ではなく神様に頼れ。
3.人の能力や努力ではなく、神様の力によって礼拝は回復し、伝道は実を結ぶ。
あなたは、誰に従って生きますか。


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