20240415早天祈祷会
聖書:申命記32:7–12
題目:主人のしたことを思い出そう
賛美:80番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに:なぜ「思い出す」ことが大切なのか
申命記32章は、モーセがイスラエルの民に向かって、過去を思い出すことの大切さを語っている箇所です。
信仰とは、新しいことを次々に求めることだけではなく、主がこれまで何をしてくださったのかを思い起こすことから深められていきます。
1.本文解説(申命記32:7–12)
① 歴史を若い世代に伝える責任
「いにしえの日を覚え、代々の年を思え。あなたの父に問え。長老たちに問え。」
ここで神様は、歴史を語り継ぐ責任が父や長老にあることを示しています。
約束の地は、イスラエルが努力して勝ち取ったものではなく、主が先祖に割り当て、定められたものでした。
しかし、生まれた時から当たり前に与えられているものは、感謝しにくいものです。
たとえば、五体満足であることも、失って初めてその恵みに気づくことが多いのです。
だからこそ、子どもたちが知らないのは大人の責任です。
教えなければ、次の世代は神様の恵みを知らずに育ってしまいます。
② 語るべき内容は「人の業」ではなく「主の御業」
伝えるべきなのは、人が成し遂げたことや成功談ではありません。
人の自慢話は、聞く側にとって必ずしも意味のあるものではありません。
語るべきは、父なる神様が何をしてくださったのかです。
神様に関心がある人は、神様の御業について語られると耳を傾けるようになります。
たとえば、日本での自分の経験を語るときも、聞く人が日本に関心を持っていなければ、正しく理解されず、誤解されることさえあります。
同じように、神様への関心がなければ、神様の話は心に届きません。
だからこそ、
「神様のおかげで、私たちは今、自由に生きている」
この事実を、次の世代にしっかりと伝える必要があります。
③ 主だけがイスラエルを守り育てられた
聖書は、主がイスラエルをご自分の瞳のように守られたと語ります。
その姿は、鷲が雛を訓練する姿にたとえられています。
鷲は雛を巣から追い出して飛ぶことを教えますが、雛が落ちそうになると、すぐに翼を広げて受け止めます。
これは、神様の導きも同じであることを示しています。
訓練のために厳しい状況に置かれることはあっても、決して見捨てることはありません。
偶像の神々は何もしていません。
守り、育て、導いたのは、ただ主おひとりだけでした。
2.新約聖書から見る親と子の責任
新約聖書も同じことを教えています。
「子供たちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。」
(エペソ6:1)
「そうすれば、あなたは幸せになり、地上で長生きするでしょう。」
(エペソ6:3)
「父たちよ、子供を怒らせてはいけません。主の教育と訓戒によって育てなさい。」
(エペソ6:4)
① 子どもに教える責任がある
自分だけが天国に行ければよい、という考えでは十分ではありません。
子どもたちを信仰へと導くことも、親の重要な役割です。
サムエルやモーセのような信仰者の背後には、信仰を伝えた大人がいました。
神様への感謝を教えることは、家庭の中でしかできない大切な働きです。
② 神様の働きについて教える
教えるべきは、父親の栄光や成功ではなく、神様の栄光です。
自分の自慢話ばかりすると、子どもは反発します。
しかし、神様が間に立つとき、
親子関係は自然と整えられていきます。
③ 主だけが私たちを守り育ててくださった
親が子どもを育てる姿を通して、
私たちは神様が私たちをどれほど愛しておられるかを知ることができます。
愛は甘やかすことだけではありません。
時には厳しさも必要です。
厳しい環境の中でこそ、人は自分自身を見つめ直すことができます。
知恵や学歴や財産が人を育てたのではありません。
それらを与えた神様ご自身が、その人を守り育てられたのです。
神様は両親を通して働かれ、
また、その人を通して次の働きをなさいます。
3.まとめ
1.次の世代に、主の御業を教えましょう
2.人の働きではなく、神様の働きを語りましょう
3.神様だけが、私たちを守り育ててくださる方であることを伝えましょう


댓글0개