20240812早天祈祷会
聖書:士師記6:28-32
題目:主が守るから
賛美:407
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに
前回の箇所で、ギデオンは主の命令に従い、父の家にあったバアルの祭壇とアセラ像を打ち壊しました。まだ恐れはありましたが、それでも主の言葉に従い、夜のうちに実行しました。
本日の箇所は、その結果、町の人々がどのように反応したのか、そして主がどのようにギデオンを守られたのかを語っています。
ここから私たちは、「主が守ってくださる」という信仰の確信を学びます。
Ⅰ.本文解説
① 「ギデオンを殺せ」― 人々の恐れと罪深い本性
朝早く町の人々が起きてみると、バアルの祭壇は破壊され、アセラ像は切り倒され、新しく主の祭壇が築かれ、その上に雄牛がささげられていました。
彼らは「だれのしわざか」と問い尋ね、ついに「ヨアシの子ギデオンだ」と突き止めます。そしてヨアシに向かって、「あなたの息子を引き出して殺せ」と要求しました。
彼らは、バアルとアセラの報復を恐れていました。偶像の怒りを鎮めるために、原因となったギデオンを殺そうとしたのです。
ここに、人間の罪深い本性が現れています。自分を守るためなら、他人を犠牲にしてもよいと考える姿です。
② 「バアルが神なら、自分で争うはずだ」― ヨアシの目覚め
しかし父ヨアシは人々に言いました。
「あなたがたはバアルのために言い争うのか。バアルがもし神なら、自分の祭壇が壊されたのだから、自分で争うはずではないか。」
これは非常に論理的な言葉です。本当に神なら、人間が守る必要はないということです。
神の恵みによって、ヨアシは偶像崇拝から目を覚ましました。そしてギデオンを守り、人々が殺人という罪を犯すことを止めたのです。
③ ギデオンは「エルバアル」と呼ばれた
その日からギデオンは「エルバアル」と呼ばれるようになりました。
これは「バアルと戦う者」という意味です。
バアルは当時の世の力の象徴でした。かつては恐れていたギデオンが、今やその世の力に立ち向かう者へと変えられました。主が人を新しくしてくださったのです。
Ⅱ.新約聖書との関連
① キリスト者はこの世の敵と見なされる
イエスは言われました。
「あなたがたがこの世のものであったなら、この世はあなたがたを愛したであろう。しかし、この世のものではないから、この世はあなたがたを憎むのである。」(ヨハネ15:19)
この世に従っている間は歓迎されます。しかしキリストを通して真理を知るとき、この世は私たちを敵と見なします。
パリサイ人がイエスを憎んだように、キリスト者もまた憎まれる存在です。それは当然のことなのです。
② 真理は人を目覚めさせる
イエスはまた、真理の御霊が来てイエスを証しすると語られました(ヨハネ15:26)。
ヨアシは、ギデオンの行動を通して目を覚ましました。これは神の恵みの働きでした。神が人の心を動かし、真理に気づかせてくださったのです。
人々はバアルやアセラがなければ生きられないと恐れていました。
私たちも同じです。お金や人脈や地位がなければ生きられないと思い込んでしまいます。
しかし真理によって、神だけで生きていけることに気づくのです。
③ キリスト者は「エルバアル」である
この世の成功や方法に従って生きるなら、私たちは臆病なギデオンのままです。
しかし主は、私たちにこの世と戦う心を与えてくださいます。
恐れない理由は、自分に力があるからではありません。主が共にいてくださるからです。
エルバアルとは、この世を恐れる者ではなく、この世を恐れさせる者です。
たとえお金や地位がなくても、神だけで生きることができる人です。
神がおられれば十分だという信仰が、私たちを自由にします。
Ⅲ.まとめ
本日の御言葉から三つのことを覚えましょう。
第一に、キリスト者はこの世から憎まれる存在であるということ。
第二に、しかし真理に目覚めた者は、キリストの力によって大胆に立つことができるということ。
第三に、私たちはこの世を恐れる小心者のギデオンではなく、主に守られ、この世と戦うエルバアルとして生きる者であるということ。
主が共におられるから、私たちは守られています。
この確信をもって、今日も主の御言葉に従って歩んでいきましょう。


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