20240816修練会2日目
聖書:エペソ2:8-10
題目:恵みは情熱的です
説教:高曜翰 副牧師
Ⅰ.はじめに
私たちを義としてくださる神様の恵みは、決して私たちを怠惰にさせるものではありません。
また、自己中心的な生き方へ導くものでもありません。
むしろ神の恵みは、私たちに使命に生きる情熱を与えます。
それは「祝福を得るために努力する人生」ではなく、
「まだイエス様を知らない人々にイエス様を伝える人生」です。
人々に神の国の福音を伝え、永遠の命へ導くこと以上に尊いことはありません。
私たちは自分の努力によってではなく、神様の恵みによって救われました。
だからこそ、神様の作品として、良い行いに生きる者とされているのです。
Ⅱ.一人の信仰者の姿 ― 樋口廣太郎
その姿を体現した一人の人物がいます。
アサヒビール元社長、樋口廣太郎氏です。
彼は住友銀行のナンバー2まで上り詰めましたが、不正を容認する頭取と対立し、安定した地位を捨てました。そして、倒産寸前だったアサヒビールの社長に就任します。
当時アサヒは「夕日ビール」と呼ばれるほど衰退していました。
しかし彼は「アサヒスーパードライ」を生み出し、会社を見事に再建しました。
それでも彼は、自分の功績を一度も誇りませんでした。
苦しい時でさえ、請求書の祈りではなく、感謝の祈りをささげました。
「神様、シェアが一番になりました。従業員も家族も喜びます。ありがとうございました。」
彼は、自分の成功を神の賜物だと信じていたのです。
多くのビルを建てながら、自分の名前は残さず、
代わりに社員3800人の記念碑を建てました。
毎朝社長室で礼拝をささげ、従業員のために生きました。
障害者を積極的に雇用し、解雇した社員も呼び戻しました。
彼にとって社長の座も成功も、すべて「贈り物」でした。
だからその贈り物を使命のために用いたのです。
これはまさに、恵みに生きる人の姿です。
Ⅲ.本文解説
① 私たちは恵みによって救われた(2:8)
「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。」
「恵み(カリス)」とは、価値のない者に一方的に与えられる贈り物です。
私たちは努力して救いを勝ち取ったのではありません。
神様が無条件に与えてくださったのです。
しかし人は、環境が豊かになると過去を忘れます。
エペソの町も繁栄によって、「自分の力でここまで来た」と錯覚しました。
けれども本当は違います。
死んで当然だった私たちが今生きているのは、神の恵み以外の何ものでもありません。
だから私たちは、人ではなく神様に集中しなければなりません。
② 誰も誇ることができない(2:9)
「決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。」
「誇る」とは、自分を栄光化することです。
しかし救いが100%神の恵みなら、私たちに誇れるものは何一つありません。
エペソは偶像礼拝によって傲慢になっていました。
自分を高める競争社会の中に生きていたのです。
しかしクリスチャンは違います。
自分を誇るのではなく、神様を誇る者です。
もし自分を誇りたくなるなら、それは神から出たものではないかもしれません。
神の栄光を盗んではならないのです。
③ 私たちは神の作品である(2:10)
「わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように造られたのである。」
「作品(ポイエマ)」とは、創造者が心を込めて作った傑作という意味です。
私たちは大量生産品ではありません。
一人ひとり違う、神様のマスターピースです。
そしてその目的は、「良い行い」のためです。
この世は「自分が豊かに生きること」に集中させます。
しかし私たちは違います。
自分を建てるのではなく、教会を建て、キリストの体を建てるために生きるのです。
しかも、その環境も情熱も、すでに神様が備えてくださっています。
Ⅳ.祈福信仰への警告
現代教会には危険な考えがあります。
「一生懸命信仰生活をすれば祝福をたくさんもらえる」という祈福信仰です。
これは、
・与えるより得ることに集中し
・神様をATMのように扱い
・使命より自分の人生を優先します
しかし信仰とは、神様に仕えさせることではなく、神様の計画に参加して仕えることです。
私たちは神の作品として、それぞれ使命が与えられています。
死んで当然の私たちが今日も生かされているのは、理由があるのです。
それは、イエス・キリストを伝えるためです。
Ⅴ.イエス様の模範
イエス様は、
恵みに満ち、誇らず、使命に生きられました。
礼拝を求めず、
栄光を拒み、
十字架に従順に進まれました。
「御心のとおりになりますように」
これが恵みに生きる姿です。
Ⅵ.結論:恵みは情熱的です
神の恵みは、私たちを三つの方向へ導きます。
第一に、救われた過去を思い出させ、感謝に満たします。
第二に、自分ではなく神様だけを誇らせます。
第三に、使命に情熱的に生きさせます。
恵みによって救われたから「もう自由に好きに生きよう」ではありません。
むしろ逆です。
恵みを知った人ほど、
感謝ゆえに、
神の栄光のために、
人々の救いのために、
情熱的に生きるのです。
神の恵みは、私たちを燃やします。
神の恵みは、私たちを立ち上がらせます。
神の恵みは、私たちを使命へと送り出します。
恵みは、情熱的なのです。


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