20240818早天祈祷会
聖書:士師記7:9-14
題目:敵は手中にある
説教:高曜翰 副牧師
Ⅰ.はじめに
私たちの信仰生活には、「恐れ」がつきものです。
前に進まなければならないと分かっていても、
敵が大きく見え、状況が厳しく見え、一歩が踏み出せないことがあります。
しかし聖書は今日、はっきりと語ります。
「敵はすでにあなたの手に渡されている」
勝利は戦った後に与えられるのではありません。
神様の側では、すでに与えられているのです。
今日はギデオンの姿を通して、
「恐れの中でもどう前に進むのか」
「なぜ私たちは大胆になれるのか」
これを共に学びたいと思います。
Ⅱ.本文解説
① 神様は恐れるギデオンを責めず、励まされた
主は夜、ギデオンに言われました。
「立って敵陣に下って行きなさい。わたしはそれをあなたの手に渡した。
もし恐れるなら、しもべプラと一緒に行って、彼らの話を聞きなさい。」
ここで大切なのは、ギデオンがまだ恐れていたことです。
彼は勇敢な英雄ではありませんでした。
不安を抱えた、弱い人間でした。
だからこそ、しもべプラと一緒に敵陣を視察しに行きます。
しかし神様は、その弱さを叱りません。
「なぜ信仰がないのか」と怒るのではなく、
「では、一緒に確認してきなさい」と励まされるのです。
神様は私たちの心の弱さをよく知っておられます。
そして無理やり突き放すのではなく、
恐れの中でも前に進めるよう、配慮してくださるお方です。
時にはリスクを伴う行動を通して、
私たちの心を強くしてくださるのです。
② 敵は圧倒的に多かった
ギデオンが実際に敵陣に近づいてみると、驚くべき光景が広がっていました。
ミディアン人、アマレク人、東方の民が谷を埋め尽くし、
その数は「いなごのよう」と言われています。
ラクダは「海辺の砂のよう」で、数えることもできません。
普通に考えれば、絶望する状況です。
「これは勝てない」と思うのが当然です。
しかしその時、ギデオンは一つの会話を耳にします。
敵兵が夢の話をしていました。
③ 神様は敵の口を用いて勝利を語らせた
その夢とは、
「大麦のパンが転がってきて天幕を倒した」
というものでした。
大麦のパンは、貧しい人々の食べ物です。
つまり、弱く貧しいイスラエルを表しています。
その小さなパンが、強大なミディアン軍の天幕を倒したのです。
そして仲間はこう解釈します。
「これはイスラエルのヨアシの子ギデオンの剣だ。神が我々を彼の手に渡されるのだ。」
驚くべきことに、
敵自身がイスラエルの勝利を告白しているのです。
神様は味方だけでなく、敵の口さえも支配されます。
ギデオンは、目に見える数ではなく、神の言葉に従った結果、
この励ましの証言を聞くことができました。
Ⅲ.新約聖書に見る同じ原理
この原理は新約でも同じです。
① 祈りはすでに与えられているという信仰
イエス様は言われました。
「祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。」
これは魔術的な言葉ではありません。
自分の欲望のための祈りではなく、
神様の御心のための祈りをするとき、
それはすでに神の計画の中にあるという意味です。
神様の計画に入る者は、勝利するように定められているのです。
② 私たちは弱いときにこそ強い
パウロは言いました。
「わたしが弱い時にこそ、わたしは強い。」
敵を見ると、いつも自分の方が弱く見えます。
しかし、私たちが動けば私たちが働きますが、
私たちが祈れば神様が働かれます。
弱い時こそ、神様が最も強く働かれるのです。
だから私たちは強くなろうとする必要はありません。
大胆になればよいのです。
③ 敵さえも神の支配下にある
イエス様は言われました。
「父の許しがなければ、すずめ一羽も地に落ちない。」
つまり、神様の許可なしに起こることは何一つありません。
悪魔も、試練も、敵も、すべて神の主権の中にあります。
だから敵でさえ、最終的には私たちの益のために用いられるのです。
Ⅳ.まとめ
今日の御言葉は三つの真理を教えています。
第一に、敵はすでに私たちの手にある。
第二に、敵は数えきれないほど多く見える。
第三に、しかし敵も神様の支配の中にある。
だから私たちがすべきことは一つです。
恐れがあっても、
不安があっても、
ギデオンのように一歩踏み出すこと。
神様の主権を信じて、大胆に前に進むことです。
勝利はこれから得るものではありません。
すでに神様が与えてくださっているのです。
だから今日も信仰をもって進みましょう。
敵は、すでに手中にあるのです。


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