20241016 水曜祈祷会
聖書:ルカ23:34
題目:憎悪が慈愛に変わるとき
賛美:259、260、261、262
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文
“そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。”
―― ルカによる福音書 23:34
挨拶:許します。
1.淵田美津雄 ― 憎しみのただ中にいた人
① 真珠湾攻撃の開始
淵田美津雄 は、1941年12月7日(日)午前7時55分、礼拝前の時間帯に始まった 真珠湾攻撃 の空襲部隊総指揮官でした。
宣戦布告なしにハワイ・オアフ島を奇襲し、約2400人が死亡しました。その衝撃は、後のアメリカ同時多発テロと同等とも言われるものでした。
② 海軍での立場と戦後
彼は日本海軍のエリート軍人でした。
敗戦後、GHQによる戦争裁判で取り調べを受けましたが、不思議にも逮捕も告訴もされませんでした。
③ 淵田の「正義」
彼は戦争裁判を「勝者による一方的な裁き」だと考えました。
そしてアメリカの弱みを握るため、帰還した捕虜たちに聞き込みを始めます。
その中で、重症の日本人捕虜に親切に接した20歳前後のアメリカ人女性の話を聞きます。
彼女は言いました。
「私の両親が日本人に殺されたからです。」
憎むべき相手に親切にする。その理由が理解できませんでした。
2.マーガレット・ペギー・コヴェル ― 憎しみを超えた愛
① 両親の死
その女性は マーガレット・ペギー・コヴェル でした。
両親は日本で宣教師として活動していましたが、戦争の激化によりフィリピンへ避難。
しかし日本軍占領下でスパイ容疑をかけられ、山中で捕らえられました。
処刑までの30分、両親は聖書を読み、祈りました。
② 強い憎しみからの転換
訃報を聞いたマーガレットは、日本人に対して激しい憎しみを抱きました。
しかし、両親が最期に何を祈ったのかを何度も考えます。
そして気づきました。
両親の最後の祈りは、日本人の救いのためだったに違いない、と。
③ 行動の変化
彼女は考え直しました。
「両親は日本人に殺された」のではない。
「両親は日本人のために死んだ」のだ、と。
そして両親の意志を受け継ぎ、日本人捕虜への奉仕を始めました。
憎悪が慈愛に変わった瞬間でした。
3.淵田の回心
① 心を打たれた出来事
淵田は敵を愛するその姿に心を打たれました。
しかし、何が彼女をそこまで変えたのか分かりませんでした。
ある日、伝道紙を読み、聖書を読み始めます。
② ルカ23:34との出会い
「父よ、彼らをおゆるしください。」
この御言葉に衝撃を受けました。
彼らを変えたのは、神の大きな愛でした。
そしてその愛によって、自分も赦されている存在であると気づいたのです。
彼はキリスト者となりました。
③ 崩れた価値観
敗戦により、彼の正義・信念・誇りは崩れました。
47年間築いてきた帝国軍人としての価値観は一瞬で崩壊しました。
英雄から犯罪者へ。
しかしこの崩れが、神の愛を受け入れる入口となりました。
4.この世の価値観と神の愛
この世の価値観は一瞬でひっくり返ります。
人間の権威や評価は、時代や場所によって変わる脆いものです。
しかし神の愛は、イエスの時代も、淵田の時代も、今も変わりません。
自分が赦された存在だと認めたとき、
許せなかった相手をも許せるようになりました。
淵田は戦争裁判の不当性を訴えることをやめ、
神の愛を伝える伝道者となりました。
1951年、大阪・堺教会で洗礼を受け、
日米を行き来しながら伝道を続け、1976年に召されました。
神の愛は壊れた関係をつなぎます。
5.平安はどこにあるのか
① この世の考え
「これさえあれば幸せだ。」
家、車、地位、理想の家族。
しかしそれが崩れると、不安や怒りが生まれます。
淵田もかつては、憎しみを消すには復讐しかないと考えていました。
② 神の国の考え
神が共におられるだけで平安がある。
人を見ると失望しますが、神を見ると希望が生まれます。
マーガレットは両親を通して神を見ました。
淵田はマーガレットを通して神を見ました。
相手ではなく、自分が変わったとき、世界が変わるのです。
6.憎悪を慈愛に変えるために
① 間違った価値観を打ち砕く
“この世の神が不信の者たちの思いをくらませている。”
―― コリント人への第二の手紙 4:4
私たちは知らず知らずのうちに、この世の価値観で形作られます。
それが神の国を見る目を曇らせます。
価値観が崩れることは痛みを伴います。
しかし崩れたとき、神を見ることができます。
② 神の国の価値観を立てる
“悔い改めよ、天国は近づいた。”
―― マタイによる福音書 4:17
立てるべきは、この世の価値観ではなく、永遠に変わらない神の国の価値観です。
神の国の価値観を持つと、この世の人ができないことができるようになります。
憎んでいた相手を愛することができるようになります。
③ 神の国を求める
“まず神の国と神の義とを求めなさい。”
―― マタイによる福音書 6:33
許せない人がいますか。
それはまだこの世の価値観が心に残っているからかもしれません。
崩れることを恐れないでください。
崩れた後に、神が建ててくださいます。
「これさえあれば幸せ」から、
「神様だけで十分幸せ」へ。
まとめ
憎悪が慈愛に変わるとき、それは人の努力ではなく、神の愛によります。
私たちも主の愛によって赦された者です。
だからこそ、赦すことができます。
聖書中央教会のすべての聖徒が、イエス・キリストに似た者とされ、
憎悪ではなく、慈愛に満たされますように。


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