20241030早天祈祷会
聖書:使徒行伝1:21-26
題目:回復するための選び
賛美:267、268
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
(1)使徒の条件――復活の証人であること
ペテロは、主イエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受けられた時から、天に上げられた日まで、いつも弟子たちと行動を共にしていた人の中から一人を選ぶべきだと語りました。その目的は、主の復活の証人となるためです。
使徒の条件は、「イエスの復活を実際に見た者」であり、その復活を証言することができる者でした。復活は福音の中心であり、その証人となることが使徒の本質だったのです。
この条件に当てはまる者は、百二十人の中でわずか二人しかいませんでした。一人は、バルサバと呼ばれ、別名をユストというヨセフ。もう一人はマッテヤです。
バルサバはヘブル名で「安息日の子」という意味を持ち、ユストはローマ名です。マッテヤはヘブル語で「神の贈り物」という意味を持ちます。
(2)人ではなく、主に尋ねる祈り
弟子たちは祈って言いました。「すべての人の心をご存じである主よ。この二人のうち、どちらをお選びになったのか、お示しください。」
彼らは、自分たちの判断で決めようとはしませんでした。どちらがふさわしいのか分からなかったからです。しかし、神はすでに答えをご存じです。
彼らの祈りは、「自分たちが選ぶ」ためではなく、「神の選びが明らかにされる」ことを願う祈りでした。ユダは使徒の職務から離れ、自分の行くべきところへ行きました。その後を継ぐ者を、主ご自身が選んでくださるように求めたのです。
(3)くじによる選びとマッテヤ
彼らは二人のためにくじを引きました。その結果、マッテヤが選ばれ、十一人の使徒に加えられました。
くじ引きは旧約時代から行われていた方法であり、誤った方法ではありませんでした。二人の名前を書いた石を固い器に入れて振り、最初に出た石が選びとされました。聖書はこの方法を非難していません。
マッテヤの選びを疑問視する人もいますが、そのような記述は聖書にはありません。なお、聖霊降臨以降は、このようなくじを引く必要はなくなりました。
マッテヤの名前はその後ほとんど登場しません。しかし、彼が十二使徒の一人として働いたことは確かです。神に選ばれることは、目立つこととは必ずしも一致しません。
2.適用
(1)主の選びがある
百二十人の中で条件に合ったのはマッテヤとヨセフの二人でした。使徒たちは人に相談するのではなく、神に尋ねました。
主イエスも弟子たちをご自身で選ばれました。自分から進んで弟子になろうとした者はいませんでした。選びは主から始まります。
歴代の牧師たちも、教会の歩みも、主の選びの中にあります。大阪中央教会が鶴橋に建てられたことも、主の選びの中にあると信じます。
私たちは決断のたびに、主なる神に尋ねる者でありたいのです。
(2)回復のための選び
ペテロは「十二」という数字にこだわりました。それはイスラエル十二部族を象徴する数字であり、十二がそろうことはイスラエルの回復を意味していたからです。
ペテロの目的は「回復」でした。
前の箇所(16-20節)で、ペテロがユダについて語り、ルカがその土地について説明したのにも意味があります。祭司長たちが買った土地は外国人の墓地となりました。それは、異邦人の贖いを象徴しているとも考えられます。
その土地は、かつてモレクに子どもをささげていた異邦人の場所でした。そこが贖いの場所となったのです。しかし一方で、ユダヤ人の中にはまだ救われていない人々がいました。ペテロもルカも、同胞ユダヤ人の救いを強く意識していました。
そのような中で、主によってマッテヤが選ばれたことは、神の民の回復への願いを示しています。
主イエスは、「散らされている神の子たちを一つに集めるため」に来られました(ヨハネによる福音書11:52)。イエスの目的は、散らされた神の子どもたちを集め、神の国を回復することでした。そのために弟子たちを選ばれたのです。
(3)私たちは何を回復するのか
私たちは何を回復したいでしょうか。家庭、職場、友人関係、教会――それぞれに回復を願うものがあります。
回復は主の中にあります。だからこそ、祈りましょう。
大阪中央教会には人手が足りません。しかし、回復のために神様がすでに選んでおられる人がいるはずです。私たちは、その人が誰なのかを主に尋ね求めるべきです。
主に選ばれた者として、また主が選ぼうとしておられる人々のために祈りつつ、大阪中央教会の回復を願って歩んでいきましょう。


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