20241225早天祈祷会
聖書:使徒行伝5:7–11
題目:サッピラの罪の裁き
賛美:259、260
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
Ⅰ.本文解説
① サッピラへの問いかけ ― 悔い改めの機会
アナニヤの死から三時間ほどたって、妻サッピラがその出来事を知らずに入ってきました。
ペテロは彼女に問いかけました。
「あなたがたはあの地所をこの値段で売ったのですか。私に言いなさい。」
サッピラは答えました。
「はい。その値段です。」
ここでペテロは、彼女に罪を告白する機会を与えました。これは罠ではありません。夫の影響を受けない状況で、彼女自身が真実を語ることができるように、悔い改めの機会を与えたのです。
「サッピラ」という名前には「美しい」という意味があります。しかし彼女は、神の前に美しい行動を選ぶことができませんでした。
② 主の御霊を試みた罪
ペテロは言いました。
「どうしてあなたがたは心を合わせて主の御霊を試みたのか。見なさい、あなたの夫を葬った人たちが戸口に来ている。あなたも運び出されるであろう。」
ペテロは彼女の罪を明確に示しました。彼女が夫と共謀して聖霊を欺いたことは明らかでした。これは単なる人への偽りではなく、主の御霊を試みる行為でした。
ここで事実上の死の宣告がなされました。
③ サッピラの死と教会に生じた恐れ
サッピラはその場で倒れ、息が絶えました。若者たちが入ってきて、彼女が死んでいるのを見て運び出し、夫のそばに葬りました。
教会全体、そしてこの出来事を聞いたすべての人々に、非常な恐れが生じました。
これは、ヨシュア記におけるアカンの事件と同じように、信仰の共同体から罪が取り除かれた出来事でした。
また、使徒の働きの中で「教会」という言葉がここで初めて使われます。この事件を通して、教会の中に神様を正しく恐れる心が生まれました。
Ⅱ.適用
神様のさばきが厳しすぎると感じるかもしれません。しかし、ここには重要な霊的原則が示されています。
① 心を合わせて神様に逆らうとき
人々が心を合わせて神様に反逆するとき、神様は大きな審判を下されます。
サッピラはアナニヤと共謀して神様を欺こうとしました。その結果、彼女は命を失いました。
バベルの塔の人々も、心を一つにして神様に反発しました。その結果、言葉が混乱させられ、互いに協力できなくなりました。
また、コラはルベン族二百五十人と共謀してモーセとアロンに反抗しました。その結果、地面に飲み込まれ、火によって滅ぼされました。
心を一つにすること自体は祝福ですが、神様に逆らう方向で一致するなら、それは大きな罪となります。
② 聖霊を試みる罪
主イエスは言われました。
「また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない。」(マタイ12章32節)
サッピラは聖霊を試み、アナニヤは聖霊を欺きました。二人はクリスチャンであり、聖霊の導きを受けていたはずです。しかし、聖霊の声を無視し、自分たちの欲望に従いました。
聖霊は私たちの過ちを示します。それは私たちを神様のもとへ導くためです。
一方、悪魔も過ちを指摘しますが、それは私たちを罪の中に閉じ込めるためです。
聖霊の促しを軽んじ、試みることは重大な罪です。
③ 教会は聖霊に従う共同体である
教会は心を合わせて、聖霊の導きに従う共同体でなければなりません。
もし誰かが誤った道を歩んでいるなら、見て見ぬふりをしてはいけません。愛をもって止めることは、教会員としての責任です。
夫婦関係においても同じです。神様との関係を最優先すべきです。アダムはエバの罪を止めませんでした。その結果、二人とも神の国から追放されました。
人の目はごまかせても、神様の目はごまかせません。神の家族は互いに助け合い、心を一つにして神様に向かうよう励まし合うべきです。
アナニヤとサッピラの犠牲は、教会を正しい方向へと導く出来事となりました。
Ⅲ.まとめ
① 心を合わせて神様に逆らうことは、大きな罪です。
② 聖霊の導きに従わないことは、大きな罪です。


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