20250220早天祈祷会
聖書:使徒行伝7:17–29
題目:良い事も悪い事も神の計画の中
賛美:400、401
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① 新しいエジプトの王によるイスラエルへの弾圧
神がアブラハムに立てられた約束の時が近づくにつれ、イスラエルの民はエジプトで大いに増え広がりました。しかし、ヨセフのことを知らない新しい王がエジプトに起こります。これは王朝の交代を示していると考えられています(ヒクソクからエジプト人の王朝へ)。
この新しい王は、イスラエル人を恐れ、彼らを策略によって苦しめ、ついには男の幼子を捨てて殺すように命じました。まさにその時代にモーセが生まれました。モーセもまた捨てられましたが、彼の誕生そのものが、神様がアブラハムに約束された時が近づいているしるしでもあったのです。
② モーセはパロの娘に拾われ、王子として育てられた
王が殺すように命じた子どもを、王の家族であるパロの娘が拾い、自分の子として育てました。これは神の働きなしには起こりえない出来事です。
モーセは王子として育てられ、エジプト人のあらゆる学問を学び、「言葉にもわざにも力があった」と記されています。彼は指導者として十分な素質を備えていました。
しかし同時に、彼の中には二つのアイデンティティがありました。エジプト人なのか、それともイスラエル人なのか。四十歳になったとき、彼はイスラエル人として立ち上がる決断をします。
③ イスラエルの救世主になろうとして失敗するモーセ
モーセは、虐待を受けているイスラエル人をかばい、エジプト人を打ち殺しました。そしてその死体を隠しました。彼は解放者として行動を開始したのです。
ステパノの説教によれば、モーセは「自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられる」とイスラエル人が悟るだろうと考えていました(7:25)。つまり、自分が神に選ばれた存在であることを自覚していたと考えられます。
しかし人々の反応は違いました。「誰があなたを私たちの支配者や裁判官にしたのか」と言って、モーセを拒絶したのです。
さらにエジプト人を殺したことが知られると、モーセは報復を恐れてミデアンの地へ逃げました。異邦の地で彼は家庭を持ち、子どもにも恵まれました。
2.適用
① 私たちは神の計画の中にいる
イスラエルがエジプトで四百年過ごし、苦しみの時を経て解放されることは、神の計画でした。人間の努力によって始まりが早まったり、終わりが早まったりするものではありません。
イエス様の逮捕も同様です。人々が何度も捕えようとしましたが、「イエスの時がまだ来ていなかった」ために捕えることができませんでした(ヨハネ7:30)。イエスが努力したから逃れられたのではなく、神の時が来ていなかったからです。
私たちも、自分の努力に頼るのではなく、神の時を待つ者でありたいと思います。その時が来るまで、霊的に目を覚まし、備えることが大切です。
② これまでの人生も神の計画の下準備である
私たちの成功も失敗も、神の計画の中にあります。ですから、クリスチャンは自分を誇ることができません。
モーセが拒絶された出来事は、ヨセフと同じように、神が用いるための訓練期間の始まりでした。拒絶や失敗も、神のご計画の一部なのです。
また、バプテスマのヨハネの弟子たちがイエスの弟子になった例もあります(ヨハネとアンデレ)。一方で、ヨハネの弟子の中にはイエスを批判する者もいました。しかしヨハネは言いました。「人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない」(ヨハネ3:27)、「あの方は栄え、私は衰える」(ヨハネ3:30)。
自分の視点ではなく、神の視点で人生を見ることが大切です。「もっと頑張っていたら、もっと良い大学に入れたのに」と考えても意味がありません。すべては神の栄光が現れるための下準備です。
自分のための苦労は無駄になることがありますが、神のための苦労は決して無駄にはなりません。
③ 神の時を待ちましょう
モーセは知恵も知識も地位も情熱も持っていました。人間的に見れば、指導者として十分でした。しかし人々は彼を拒絶しました。なぜなら、それはまだ神の時ではなかったからです。
大切なのは、へりくだって待つことです。
「神の力強い御手の下に、自らを低くしなさい。時が来れば、高くしてくださる」(Ⅰペテロ5:6)。
私たちにも神の時があります。しかし私たちは弱いため、待つことが苦手です。だからこそ祈りが必要です。へりくだって、神の時を待つことができるように祈りましょう。
3.まとめ
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私たちは皆、神の計画の中に置かれています。
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これまでの人生の成功も失敗も、神のご計画のための下準備です。
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自らを低くし、祈りつつ、神様の時を待ちましょう。
良いことも悪いことも、すべては神の大きなご計画の中にあります。そのことを信じ、今日も主の前にへりくだって歩んでまいりましょう。


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