20250301土曜祈祷会
聖書:士師記11:27-33
題目:エフタ―成功と失敗
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.背景 ― イスラエルの悔い改めと神様の憐れみ
① イスラエルの謝罪
イスラエルは、バアル、アシタロテ、アラムの神、シドンの神、アンモンの神、ペリシテの神など、多くの偶像に仕えていました。その結果、ヨルダン川東部のアンモン人と南西部のペリシテ人によって苦しめられます。
そこで長老たちは告白しました。
「私たちは罪を犯しました。私たちの神を捨ててバアルに仕えたのです。」
② 神様の厳しい返答
しかし神様は言われました。
「これ以上あなた方を救わない。あなた方が選んだ神々に叫んで救ってもらえ。」
神様はこれまで、エジプト、アモリ人、アンモン人、ペリシテ人、シドン人、アマレク人、マオン人の手から彼らを救い出してこられました。それにもかかわらず、イスラエルは神様を捨てたのです。
罪を告白はしましたが、そこに神様への感謝が欠けていることが問題でした。
③ 神様の憐れみ
長老たちはさらに言いました。
「私たちは罪を犯しました。あなたが良いと思われることを何でもしてください。」
そして偶像を捨てました。悔い改め続ける姿を見て、心優しい神様は思い直されました。
④ アンモン人との戦いと指導者の必要
アンモン人がギルアデに集結すると、イスラエルもミツパに集まりました。そして言いました。
「誰が戦いを始めるか。その人をかしらとしよう。」
平安な時には感じませんが、苦難の時ほど指導者の重要性を覚えます。他人の視線に右往左往するのではなく、恨みを一身に背負える指導者が必要だったのです。
2.エフタの成功 ― 神の知識による勝利
① エフタの生い立ち
エフタはマナセ族、ギルアデ人であり、元遊女の子として生まれました。そのため、財産を相続させないように兄弟たちに追い出され、トブの地に住みました。そこにごろつきが集まり、仲間となりました。
② エフタの召命
アンモン人との戦いが迫る中、長老たちはエフタのもとへ来て言いました。
「来て、私たちの首領になってください。アンモンと戦いましょう。」
エフタは答えます。
「憎んで追い出したのに、苦境になるとなぜ私のところに来るのですか?」
長老たちは誓いました。
「アンモン人と戦ってくれるなら、あなたをかしらにします。主が私たちの間の証人となられる。言われる通りにします。」
③ エフタの信仰と知識
エフタはすぐに戦うのではなく、まず使者を送りました。
「なぜ戦おうとするのか。」
これは申命記20:10にある、戦いの前に和解を勧める律法に従った行動でした。
アンモン人は言いました。
「イスラエルがエジプトから上ってきた時、私たちの領土を奪ったからだ。」
エフタは民数記の歴史を正確に引用して答えました。
「取ったのは元々アモリ人の領土である。」
「モアブ人でさえ直接戦おうとはしなかった。」
「三百年間住んできたのに、なぜ今になって主張するのか。」
彼は神の歴史をよく知っていました。
進軍ルートも、ギルアデ→マナセ→ミツパ→アンモンと進みました。
これは神様がギルアデから士師を立てられたことを示し、また自分のためではなく民のために立ち上がったことを表しています。
激しい戦いの末、エフタは神の知識によって勝利しました。
3.エフタの失敗 ― 知識の欠如と愛の欠如
① 軽率な誓願
エフタは誓いました。
「もしアンモン人に勝たせてくださるなら、家に帰ったとき、最初に迎える者を主に捧げます。」
これはモアブ人の習慣の影響を受けた、自分本位の誓いでした。
しかし律法は人身供犠を禁じています(申命記18:10)。
全焼のささげ物は清い動物に限られています。
またレビ記27章によれば、誓願は評価額に2割を加えて買い戻すこともできました。
しかしその結果、彼は一人娘を捧げることになります。
実際に犠牲としたのか、それとも一生独身としてささげたのか議論がありますが、いずれにしても知識不足、あるいは高慢さが悲劇を招きました。
② シボレテの悲劇
その後、エフライム人が挑発しました。
「なぜ私たちを呼ばなかった。あなたの家もろとも焼き払う。」
エフタは言いました。
「呼んだのに来なかった。私たちは命懸けで戦った。」
ヨシュアやギデオンの時とは違い、エフタは挑発を許しませんでした。
ギレアデ人は「シボレテ」と発音できましたが、エフライム人は「セボレテ」となりました。この発音の違いで敵を見分け、42,000人を殺害しました。
歴史上、このような発音による識別は多用されてきました。
(例:日本人と日系アメリカ人、ドミニカ人とハイチ人、日本人と韓国人、ウクライナ人とロシア人など)
一見、知恵ある作戦のように見えますが、これは愛のない行動でした。
愛のない知恵は内部分裂を生み、互いを滅ぼします。
神の民は、知恵だけでなく、愛によって行動すべきです。
4.神の知識の大切さ
ローマ人への手紙10:1-4にはこうあります。
「彼らは神に対して熱心であるが、その熱心は深い知識によるものではない。」
① 聖書からの知識を得よう
神の知識だけが私たちを勝利に導きます。
エフタはアンモン人に対して正しく答えました。
パウロも正しい神の知識によってユダヤ人に応えました。
神の知識だけが私たちを義とすることができます。
② 情熱だけでは危険
エフタは誓わなくてよい誓いを立て、娘を失いました。
パウロもかつては情熱だけで教会を迫害しました。
情熱のない知識も問題ですが、知識のない情熱もまた危険です。
③ この世の知識だけでも危険
エフタは「シボレテ」によって同胞を多数殺害しました。
パウロもこの世の知識で人々を苦しめました。
情熱やこの世の知識も大切ですが、土台は神の知識でなければなりません。
結論
エフタは神の知識によって勝利しましたが、神の知識を十分に用いなかった部分で大きな失敗をしました。
私たちも、情熱やこの世の基準ではなく、神の知識の上に立ちましょう。
他のものではなく、神の知識の上に立つ者となりましょう。


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